イクテロヘモラジーと犬の健康
イクテロヘモラジーの感染経路と危険性
イクテロヘモラジー(Leptospira icterohaemorrhagiae)は、レプトスピラ属の細菌の一種で、犬レプトスピラ症の主要な原因菌の一つです。この細菌は非常に細いらせん状の形状をしており、顕微鏡で観察すると活発に回転する様子が確認できます。
レプトスピラ菌の感染経路は主に以下のようなものがあります。
- 汚染された水や土壌との接触
- 感染動物の尿との直接接触
- 傷口や粘膜からの侵入
- 交尾による感染
- 胎盤を通じての母子感染
- 母乳を通じての感染
特に注意すべきなのは、ネズミなどの野生げっ歯類が重要な保菌動物となっていることです。これらの動物は生涯にわたって尿中にレプトスピラ菌を排出し続けるため、環境中の主要な汚染源となります。梅雨時期や雨の多い季節には、水たまりができやすく、感染リスクが高まります。
イクテロヘモラジーの最も大きな危険性は、犬だけでなく人間にも感染する「人獣共通感染症」であることです。そのため、感染した犬の尿を処理する際には、手袋を着用するなどの注意が必要です。また、家族の健康を守るためにも、犬のレプトスピラ症対策は重要といえるでしょう。
日本国内では、レプトスピラ症は家畜伝染病予防法で届出伝染病に、感染症法では4類感染症に指定されており、発生の動向が重要視されている感染症の一つです。
犬に現れる症状と診断方法
イクテロヘモラジーに感染した犬に現れる症状は、感染の経過によって異なります。主に以下の3つのタイプに分類されます。
1. 不顕性感染
感染しても症状が現れないケースです。しかし、このような犬も尿中にレプトスピラ菌を排出するため、他の犬や人間への感染源となる可能性があります。
2. 甚急性・急性症状
- 突然の高熱(39.5℃以上)
- 元気消失、無気力
- 食欲不振
- 激しい嘔吐(吐血を伴うこともある)
- 血便または黒色タール状の便
- 可視粘膜の蒼白(貧血)
- 呼吸困難
- 頻脈
3. 黄疸型症状
イクテロヘモラジーは特に「黄疸型」の症状を引き起こすことが特徴的です。
- 粘膜や皮膚の黄染(黄疸)
- 血色素尿(赤い色の尿)
- 腎不全による多飲多尿、または無尿
- 肝機能障害
重症の場合、播種性血管内凝固(DIC)を起こし、全身の出血傾向が見られることもあります。また回復後も、慢性的な腎炎や肝炎が残ることがあります。
診断方法としては、以下のような検査が行われます。
- 血液検査:肝酵素の上昇、高ビリルビン血症、高窒素血症、血小板減少などが確認できます
- 尿検査:尿中のビリルビン検出、タンパク尿、赤血球・白血球の存在を確認します
- 抗体検査:血清中の抗レプトスピラ抗体を検出します(MAT法など)
- PCR検査:尿や血液中のレプトスピラDNAを検出する方法です
- 直接鏡検:尿や血液の暗視野顕微鏡検査によるレプトスピラ菌の確認
獣医師は問診において、野外活動の有無や他の犬との接触歴、ワクチン接種歴なども確認します。特に、水辺でのレジャーやキャンプなど、野生動物と直接・間接的に接触する機会があったかどうかが重要な情報となります。
最新のワクチン情報と効果
イクテロヘモラジーを含むレプトスピラ症の予防には、ワクチン接種が最も効果的な方法の一つです。日本で現在使用されている犬用レプトスピラワクチンには、主に「イクテロヘモラジー型」と「カニコーラ型」の2種類の血清型に対応したものが一般的です。
主な犬用レプトスピラワクチン。
ワクチン名 | 含まれる血清型 | 特徴 |
---|---|---|
ノビバックDHPPi+L | イクテロヘモラジー型カニコーラ型 | 混合ワクチンの一部として接種可能 |
バンガードL4 | イクテロヘモラジー型カニコーラ型グリッポチフォーサ型ポモナ型 | 4種類の血清型に対応した拡張タイプ |
しかし、レプトスピラワクチンには以下のような限界があることを理解しておく必要があります。
- 抗体持続期間が短く、免疫効果は約1年間しか期待できません
- すべての血清型をカバーするワクチンは存在しません
- 「ヘブドマディス型」や「オーストラリス型」など、日本国内で報告されている血清型の中には、市販のワクチンでカバーできないものもあります
2025年の最新ガイドラインでは、環境によるリスク評価に基づいてワクチン接種を検討することが推奨されています。特に以下のような犬はハイリスク群とされ、年1回のワクチン接種が推奨されています。
- 野外活動が多い犬
- 狩猟犬
- 水辺で遊ぶことが多い犬
- 多頭飼育環境の犬
- 野生動物との接触機会が多い地域に住む犬
ワクチン接種のタイミングは、子犬の場合は生後8〜9週から2〜4週間隔で2回、その後は年1回の追加接種が基本的なスケジュールとなります。
なお、レプトスピラワクチンは他のコアワクチン(狂犬病、パルボウイルス感染症、ジステンパー、伝染性肝炎など)と比較して副反応が出やすいという特徴があります。そのため、獣医師と相談しながら、犬の生活環境や健康状態に応じた適切なワクチンプランを立てることが重要です。
日本での発生状況と地域別特徴
日本におけるイクテロヘモラジーを含む犬レプトスピラ症の発生状況は、地域によって特徴があります。近年の調査データから、その傾向を見ていきましょう。
最新の情報としては、2025年4月に横浜市青葉区および藤沢市において犬のレプトスピラ症の発生が報告されています。この事例は、春から初夏にかけての季節変動とともにレプトスピラ症のリスクが高まる可能性を示唆しています。
神奈川県で実施された過去の調査(2004年〜2010年)では、検出されたレプトスピラはすべて「カニコーラ型」でした。また、2019年に相模原市で報告された症例は「イクテロヘモラジー型」とされています。これらのデータから、神奈川県内では主に「イクテロヘモラジー型」と「カニコーラ型」が主要な血清型である可能性が高いと考えられます。
他県の調査結果を見ると、地域によって優勢な血清型に違いがあることがわかります。
- 多くの地域で「イクテロヘモラジー型」または「カニコーラ型」が主流
- 一部の地域では「ヘブドマディス型」や「オーストラリス型」が多数を占める報告もある
日本国内で確認されているレプトスピラの主な血清型は以下の6種類です。
- レプトスピラ・イクテロヘモラジー(出血横断型)
- レプトスピラ・カニコーラ(犬疫型)
- レプトスピラ・オータムナリス(秋疫A)
- レプトスピラ・ヘブドマディス(秋疫B)
- レプトスピラ・オーストラリス(秋疫C)
- レプトスピラ・ピオジェネス
感染リスクは季節や環境によっても変動します。特に梅雨時期や台風シーズンなど、降水量が多く水たまりができやすい時期は注意が必要です。また、都市部よりも郊外や農村部、特に野生げっ歯類の生息数が多い地域ではリスクが高まる傾向にあります。
最近の気候変動による影響も無視できません。温暖化に伴う気温上昇は、レプトスピラ菌の生存期間を延長させ、従来は発生が少なかった地域や季節でも感染例が報告されるようになっています。
イクテロヘモラジーから愛犬を守る予防策
イクテロヘモラジーによるレプトスピラ症から愛犬を守るためには、多角的なアプローチが必要です。ワクチン接種に加え、日常的な予防策も重要です。
環境管理と行動制限
- 散歩中に水たまりや池の水を飲ませないようにする
- 洪水後の地域や、水が滞留している場所への立ち入りを避ける
- 野生動物が多く生息する地域での自由な行動を制限する
- 他の犬の尿のマーキングがある場所(電柱の周りなど)での匂い嗅ぎを制限する
- 飼育環境内でのネズミ対策を徹底する(餌の管理、侵入経路の封鎖など)
衛生管理
- 犬の寝床や食器の定期的な洗浄・消毒
- 犬舎や庭の清潔維持
- 犬の排泄物の適切な処理(特に複数頭飼育の場合)
- 犬との接触後の手洗いの徹底(特に子どもへの指導が重要)
定期健康チェック
- 獣医師による定期的な健康診断
- 尿検査を含む健康スクリーニング検査
- 野外活動が多い犬は、より頻繁なチェックを検討
- 不審な症状(元気消失、食欲不振、嘔吐、黄疸など)が見られた場合は、すぐに獣医師に相談
ワクチン接種のスケジュール管理
イクテロヘモラジーを含むレプトスピラワクチンは、抗体持続期間が比較的短いため、定期的な追加接種が必要です。獣医師と相談して、適切なスケジュールを立てましょう。
旅行・レジャー時の注意点
犬と一緒に旅行やアウトドア活動を楽しむ機会が増える夏季は、特にレプトスピラ感染のリスクが高まります。以下の点に注意しましょう。
- キャンプ地では犬を常に監視下に置く
- 川や湖など自然水域での犬の水浴びは避ける
- 旅行先の地域特有の感染症リスクについて事前に調査する
- 旅行前に獣医師に相談し、必要なワクチン接種を済ませておく
注目すべき新しい予防法
最近の研究では、レプトスピラ菌に対する犬の自然免疫を強化する栄養サプリメントや、環境中のレプトスピラを検出できる簡易キットの開発が進んでいます。これらは従来の予防法を補完するものとして今後注目されるでしょう。
イクテロヘモラジーを含むレプトスピラ症は、適切な予防策を講じることで感染リスクを大幅に低減できます。特に子どもがいる家庭や、複数の犬を飼育している環境では、人獣共通感染症としての性質を理解し、家族全体の健康を守る視点で対策を行うことが重要です。
愛犬の生活環境や活動範囲に応じたリスク評価を定期的に行い、状況の変化に合わせて予防策を見直していくことをおすすめします。