犬の鼻腔内腫瘍
犬の鼻腔内腫瘍は、鼻の中にできる腫瘍のことで、犬全体の腫瘍の約1~2%を占める比較的稀な疾患です。しかし、そのほとんどが悪性であり、早期発見と適切な治療が愛犬の生命に直結する重要な疾患です。
鼻腔内腫瘍の約50%を鼻腺癌が占め、続いて扁平上皮癌、未分化癌などの上皮系腫瘍が全体の2/3を占めています。残りの1/3には軟骨肉腫、線維肉腫、骨肉腫などの非上皮系腫瘍が含まれ、稀にリンパ腫や肥満細胞腫の発生も報告されています。
犬の鼻腔内腫瘍の初期症状と進行段階
初期症状は鼻炎と非常によく似ているため、見逃されやすいのが特徴です。最も多くみられる症状には以下があります:
- 鼻出血:腫瘍からの出血による
- 鼻汁の増加:粘液性から血液混じりまで様々
- くしゃみ:鼻腔内の刺激による
- 眼脂や流涙:鼻涙管への影響
症状の進行に伴い、以下のような重篤な症状が現れます。
犬は鼻腔内腫瘍があっても食欲が維持されることが多いため、飼い主が気づきにくい傾向にあります。
犬の鼻腔内腫瘍の診断方法と検査プロセス
診断には段階的なアプローチが必要です。まず身体検査では、左右の鼻孔の通気性、顔面変形、口蓋下垂、下顎リンパ節腫大の有無を確認します。
画像診断では、初期段階でレントゲン検査を実施し、腫瘍が疑われる場合には全身麻酔下でのCT検査が必要になります。CT検査により腫瘍の存在、大きさ、周囲組織への浸潤度が詳細に評価できます。
確定診断には病理検査が不可欠で、腫瘍の一部を採取して悪性度や腫瘍の種類を判定します。この検査により適切な治療方針を決定できます。
鑑別診断として、真菌性鼻炎、細菌性鼻炎、免疫介在性リンパプラズマ細胞性鼻炎などの非腫瘍性疾患との区別も重要です。
犬の鼻腔内腫瘍の放射線治療と予後
現在、放射線療法が第一選択の治療法とされています。鼻腔内腫瘍は局所浸潤性が強く、外科的完全切除が困難な部位にあるため、放射線療法の効果が期待できます。
治療プロトコールには以下があります。
- 低線量多分割照射:生存期間中央値243~591日、1年生存率60~68.4%
- 高線量低分割照射:生存期間中央値146~512日、1年生存率25~62.4%
放射線療法により、臨床症状は80~90%の症例で改善が期待できます。総線量が多い多分割照射の方が治療効果は優れていますが、急性障害も重度になる傾向があります。
治療の反応性として、一度治療に反応した後も半年~1年で局所再発することが多く、特に鼻腺癌での再発が多いため、再照射の検討が必要になる場合もあります。
犬の鼻腔内腫瘍の外科治療と新しい治療アプローチ
外科的治療は以前主流でしたが、現在では姑息手術(腫瘍の部分的な切除)に留まることが多く、完全切除は困難とされています。外科療法と放射線療法を併用しても予後に有意差は認められていません。
化学療法については、単独での効果は明らかになっていませんが、一部のNSAIDs(フィロコキシブなど)に抗腫瘍効果が示唆されており、他の治療との併用が可能です。
新しい治療選択肢として、以下が注目されています。
- 鼻腔腫瘍吸引術:超音波乳化吸引装置を使用
- 酵素増感放射線療法(KORTUC):従来の放射線療法を強化
- トセラニブリン酸塩:放射線療法後の長期コントロールに効果
特に鼻腔腫瘍吸引術は、放射線治療に匹敵する治療成績を残しており、2~3ヶ月に1回の実施で良好な経過を示す症例も報告されています。
犬の鼻腔内腫瘍の予防と早期発見の重要性
好発品種として、コリーやシェットランドシープドッグなどの長頭種に多く発生し、中高齢犬での発症が一般的ですが、稀に3~4歳での発症例も報告されています。
環境要因では、飼い主の喫煙との関連性や空気中の汚染物質が発症要因として示唆されており、タバコの煙は粘膜炎症の原因となる可能性があるため、愛犬のいない場所での喫煙が推奨されます。
早期発見のポイント。
- 持続する鼻水:特に片側性で血液混じりの場合
- 抗生物質に反応しない鼻炎症状
- 慢性的なくしゃみや鼻出血
- 鼻の通気性の変化
鼻腔内腫瘄は予防が困難な疾患のため、早期発見・早期治療が最も重要です。症状が軽微でも継続する場合や、治療に反応しない場合は、早めに動物病院での精密検査を受けることが愛犬の生命を守る鍵となります。
顔面変形などの明らかな腫瘍症状は末期にならないと現れないことが多いため、初期の鼻炎様症状を見逃さないことが重要です。適切な診断と治療により、愛犬との貴重な時間を延ばすことができる可能性があります。
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