犬脊髄軟化症の完全理解
犬脊髄軟化症の発症メカニズムと原因
犬脊髄軟化症は、脊髄が壊死・融解する進行性の神経疾患です。この病気は主に椎間板ヘルニアに続発して発症し、椎間板ヘルニアを患った犬の3~6%に発生すると報告されています。
発症の引き金となる要因
病態の特徴として、脊髄の圧迫により不可逆性の壊死が発生し、その後脊髄実質の壊死が急性に前後(頭側・尾側)に拡大していく点があります。この進行性の特徴こそが、本疾患を「進行性脊髄軟化症」と呼ぶ理由です。
最新の研究では、腰膨大部の椎間板突出が脊髄軟化症のリスク因子として特に重要であることが判明しており、該当部位に椎間板突出がある犬では発症リスクが3.02倍に増加することが報告されています。
犬脊髄軟化症の症状と進行パターン
進行性脊髄軟化症の症状は、初期の椎間板ヘルニア症状から始まり、急激に悪化していく特徴的なパターンを示します。
典型的な症状の進行順序
- 初期段階:突然の後肢麻痺(椎間板ヘルニアとして発症)
- 進行期:前肢の動きに異常が現れる
- 重篤期:四肢完全麻痺、寝たきり状態
- 末期:呼吸困難、呼吸停止
併発する全身症状
- 元気や生気の消失
- 発熱
- 食欲低下・嘔吐
- 血圧低下
- 激しい知覚過敏(わずかな刺激が激痛として感じられる)
椎間板ヘルニアのグレード別にみると、最重篤なグレードⅤ(痛覚完全消失)の症例では14.5%という高い確率で脊髄軟化症を併発します。一方、軽度のグレードⅠ・Ⅱでは発症率は0%とされています。
通常、症状が現れてから数日から1週間ほどで死に至るため、早期の診断と治療判断が極めて重要です。
犬脊髄軟化症の診断と検査方法
進行性脊髄軟化症の診断は現在でも挑戦的な課題であり、生前の確定診断は困難とされています。診断は主に以下の方法を組み合わせて行われます。
主要な診断方法
- MRI検査:脊髄の状態を最も詳細に観察可能
- 神経学的検査:麻痺の程度や反射の確認(特別な器具や麻酔不要)
- 症状の経過観察:進行性かどうかの判断
MRI検査では、脊髄の異常所見を確認できますが、これだけでは脊髄軟化症の確定診断には至りません。鳥取大学の症例報告によると、過去2年間で6例すべてがダックスフントであったことから、品種も診断の重要な参考情報となります。
診断上の制約
残念ながら、現在の医学技術では生前の確定診断は不可能です。画像診断や手術所見から予測は可能ですが、すべての症例で発症の有無を確実に判断することはできません。
そのため、MRI検査での異常所見と症状の進行パターン、神経学的検査結果を総合的に評価して、脊髄軟化症の可能性を判断し、その後の治療計画を立てることになります。
犬脊髄軟化症の最新治療法と手術適応
従来、進行性脊髄軟化症は「効果的な治療法がない不治の病」とされてきましたが、2014年に世界初の外科治療法が開発され、治療の可能性が大きく広がりました。
世界初の外科治療:広範囲硬膜切開術
京都の右京動物病院で開発されたこの手術法は、前足に麻痺が生じていない症例において97%以上という驚異的な救命率を達成しています。この治療法は世界的な論文誌にも掲載され、2022年には犬の椎間板ヘルニア治療ガイドラインにも引用されています。
手術適応の条件
- 前足がまだ完全に麻痺していないこと
- MRI検査の実施が可能であること
- 歩行回復は期待できないが命を救うための治療であることの理解
従来の治療限界
一般的な椎間板ヘルニアの外科手術(脊髄圧迫の除去)では、すでに開始された脊髄の壊死プロセスを止めることはできません。また、壊死の進行を止めたり遅らせたりする薬物療法も現在のところ確立されていません。
興味深い研究結果として、コルチコステロイド治療が脊髄軟化症の発症リスクを低下させる可能性が示唆されており、さらなる研究が期待されています。
手術のタイミングも重要な要素で、歩行不能から12時間以上経過してからの手術実施は脊髄軟化症の発症リスクを高めることが判明しています。
犬脊髄軟化症の予防と飼い主が知るべき早期発見のポイント
進行性脊髄軟化症の予防には、主原因である椎間板ヘルニアの予防と早期発見が最も重要です。特に好発犬種の飼い主は、日常的な注意深い観察が愛犬の命を守る鍵となります。
好発犬種と注意すべき犬種
早期発見のための観察ポイント
- 歩き方の変化やふらつき
- 背中を触ると痛がる様子
- 段差の昇降を嫌がる
- 後肢に力が入らない様子
- 排尿・排便の異常
緊急受診が必要な症状
椎間板ヘルニアの症状が現れた場合、特に以下の症状は脊髄軟化症への進行を示唆する可能性があります。
- 後肢麻痺の急激な悪化
- 前肢にも異常が現れ始めた場合
- 呼吸の異常
- 激しい知覚過敏
予防のための生活環境整備
- 滑りやすい床材の改善
- 高いところからの飛び降り防止
- 肥満管理による椎間板への負担軽減
- 適度な運動による筋力維持
最新の研究成果により、従来「不治の病」とされていた進行性脊髄軟化症にも光明が見えてきました。しかし、最も効果的な対策は依然として予防と早期発見です。愛犬の小さな変化も見逃さず、異常を感じたら迅速に専門医に相談することが、大切な家族の命を守ることにつながります。
世界初の外科治療が開発されたことで、これまで諦めざるを得なかった症例にも希望の光が差しています。延べ100頭以上の犬の命が救われている実績は、多くの飼い主にとって心強い情報といえるでしょう。