犬門脈シャント基本知識と治療
犬の門脈体循環シャント(PSS:Portosystemic Shunt)は、消化管で吸収された栄養分や毒素を肝臓へ運ぶ「門脈」という血管が、異常な血管(シャント血管)を介して肝臓を迂回し、直接大静脈に流入してしまう疾患です。この病気は先天性の血管奇形によって引き起こされることが多く、遺伝的素因が強いとされています。
正常な犬では、消化管で産生されたアンモニアなどの毒素は門脈を経由して肝臓に運ばれ、無毒化されます。しかし門脈シャントの犬では、このプロセスが阻害されるため、肝臓で解毒されないまま毒素が全身を循環し、様々な不調を引き起こします。
門脈シャントには複数のタイプがあり、シャント血管の位置によって以下のように分類されます:
- 左胃静脈-横隔静脈-後大静脈シャント
- 左胃静脈-後大静脈シャント
- 右胃静脈-後大静脈シャント
- 脾静脈-後大静脈シャント
犬門脈シャント症状の特徴と見つけ方
門脈シャントの症状は、本来解毒されるべき毒素が全身を巡ることによって起こる「肝性脳症」が特徴的です。主な症状には以下があります:
神経症状
これらの症状は特に食後1〜2時間後に悪化しやすいという特徴があります。症例報告では、7ヶ月齢のトイプードルが唾液分泌過多と神経症状を主訴として来院した例があります。
消化器症状
- 慢性的な嘔吐や下痢
- 食欲不振
- 体重減少
泌尿器症状
- 頻尿(多飲多尿)
- 血尿
発育への影響
先天性の場合、発育不全が起こることが多く、同腹犬と比較して明らかに小さいことがあります。5ヶ月齢のウェルシュコーギーの症例では、3ヶ月間にわたる元気消失、食欲不振、多飲多尿、神経症状が認められました。
さらに、門脈シャントの犬では尿酸アンモニウム結石を併発することがあります。これは、アンモニアが適切に処理されないことによる特徴的な合併症です。
犬門脈シャント診断方法と検査の重要性
門脈シャントの診断には、段階的な検査アプローチが重要です。
血液検査での特徴的な変化
- 肝酵素(ALT、ASTなど)の上昇
- BUN(血中尿素窒素)の低値
- アンモニア値の高値
- 総胆汁酸値の高値
- 血糖値の低下
画像診断
- レントゲン検査:肝臓が小さく見える「小肝症」を確認
- 超音波検査:シャント血管の位置を確認
- CT検査:最も重要な診断方法で、シャント血管の正確な位置と形態を把握
CT検査は治療計画を立てるために不可欠です。3DCT検査により、様々なタイプの門脈シャントを正確に診断でき、手術の成功率向上に寄与します。症例報告では、CTアンギオグラフィーによって複雑な肝内門脈シャント構造が明確に描出された例があります。
門脈造影検査
手術中に行われる門脈造影は、シャント血管の完全な評価と治療効果の確認に用いられます。結紮前後の造影により、シャント血管の閉鎖と肝臓内への血流回復を視覚的に確認できます。
興味深いことに、一部の症例では画像検査でも診断が困難な場合があり、特に後天性の門脈シャントではCT検査でも確定診断ができない場合があります。
犬門脈シャント治療選択肢と手術成功率
門脈シャントの治療は、内科的治療と外科的治療に大別されます。
内科的治療
手術までの管理や手術困難例において症状緩和と延命を目的とします:
- 薬物療法:ラクツロース投与による消化管内毒素の抑制
- 食事療法:低タンパク食による肝性脳症の改善・予防
- サプリメント:肝臓サポートサプリメント(ヴェルキュア等)
外科的治療
先天性門脈シャントに限り根治が見込めます。
従来の開腹手術
- セロファンバンディング法による段階的結紮
- 完全結紮術
- 合併症として門脈高血圧症のリスクあり
最新の腹腔鏡下手術(LAPSSO)
腹腔鏡下門脈シャント閉鎖術は、より低侵襲で効果的な治療法として注目されています。36例の研究では:
- 手術成功率:高い成功率を示す
- 術後72時間以内の門脈高血圧症状なし
- 術後1〜2ヶ月の検査で残存シャントなし
- 横隔膜損傷による気胸(1例)、術後高ナトリウム血症による死亡(1例)の合併症
血管塞栓術
複雑な肝内門脈シャントに対しては、血管プラグを用いた経皮的塞栓術も報告されています。ウェルシュコーギーの症例では、超音波と透視ガイド下で血管プラグによるシャント塞栓を実施し、4年間の長期経過観察で全ての臨床症状が改善しました。
治療成功の鍵
- 術中の門脈圧モニタリング
- 門脈造影による血流確認
- 段階的アプローチによる安全性確保
手術の成功率はシャント血管の位置や太さに依存し、場合によっては複数回の手術が必要となることがあります。
犬門脈シャント予後管理と生活の質向上
門脈シャントの予後は、早期診断・適切な治療・継続的な管理によって大きく改善します。
術後の長期管理
成功例では、手術後も継続的な管理が重要です。ウェルシュコーギーの症例では、4年間の長期追跡調査において:
- 全ての臨床症状の改善
- 食事療法の継続
- ラクツロース治療の継続
- 良好な生活の質の維持
食事管理の重要性
- 低タンパク質食:肝臓への負担軽減
- 消化しやすい食材:腸内での毒素産生を抑制
- 規則正しい給餌:食後の症状悪化を最小限に抑制
定期的な健康チェック
- 血液検査による肝機能モニタリング
- アンモニア値の追跡
- 超音波検査による経過観察
生活環境の調整
門脈シャントの犬では、ストレスが症状を悪化させる可能性があるため。
- 静かで落ち着いた環境の提供
- 過度な運動の制限
- 規則正しい生活リズムの維持
飼い主の心構え
実際の飼い主の体験では、「病気があっても他の犬と同じように幸せに暮らせる」ことが報告されています。適切な治療と管理により、門脈シャントの犬も充実した生活を送ることが可能です。
意外な事実
門脈シャントの犬の中には、高齢になってから診断されるケースもあります。脾臓摘出手術後に門脈内の血行動態が変化したことで、それまで無症状だった先天性門脈シャントが顕在化した症例も報告されており、この疾患の複雑さを物語っています。
また、トイプードルの症例では、約10年という長期にわたって良好な経過を示した例もあり、適切な治療により長期間の健康維持が可能であることが示されています。
門脈シャントは確かに深刻な疾患ですが、現代の獣医学の進歩により、早期発見と適切な治療によって愛犬の生活の質を大幅に改善できる疾患となっています。定期的な健康チェックと、異常な症状に対する早めの相談が、愛犬の健康維持の鍵となります。