腺癌と犬の基礎知識
腺癌と犬の発生部位と種類
犬の腺癌は分泌物を作り出す腺細胞が癌化した悪性腫瘍で、体の様々な部位に発生する可能性があります。最も一般的な発生部位として、肺、肝臓、腸管、乳腺、肛門周囲腺などが挙げられます。
肺腺癌は犬の原発性肺腫瘍の中で最も多く見られる型であり、多くの場合孤立性の腫瘤として発生します。一方で他の臓器からの転移による転移性肺腫瘍も多く、骨肉腫、乳腺癌、移行上皮癌などから肺に転移することが知られています。
参考)肺腫瘍/肺がん(Pulmonary neoplasia/Lu…
乳腺腺癌は雌犬において重要な腫瘍の一つで、避妊手術の時期と深い関係があります。早期の避妊手術により乳腺腫瘍の発生リスクを大幅に減らすことが可能です。
参考)愛犬が癌になったらどうしたらいい?犬の癌の原因や症状を解説 …
肛門周囲腺癌は肛門嚢アポクリン腺癌とも呼ばれ、比較的予後が厳しい腫瘍として知られています。腫瘍サイズや高カルシウム血症の有無、肺転移の有無が予後に大きく影響します。
参考)肛門嚢アポクリン腺がん
腺癌を発症しやすい犬の特徴
犬の腺癌発症には複数のリスク因子が関与しており、年齢、性別、犬種、遺伝的要因などが影響します。高齢犬ほど悪性腫瘍の発症率が高く、一般的に7歳以降でリスクが増加します。
犬種による違いも重要で、純血種の犬は雑種犬よりも若い年齢で癌を発症する傾向があります。また、短頭種(ブルドッグ、パグなど)は肺腫瘍のリスクが高いことが報告されています。
参考)https://www.mdpi.com/2306-7381/11/10/485
性別による差では、未避妊の雌犬は乳腺腺癌のリスクが高く、未去勢の雄犬は肛門周囲腺腫のリスクが高くなります。これらの性ホルモン関連腫瘍は、適切な時期での不妊手術により予防可能です。
遺伝的要因として、特定の犬種で発生しやすい腺癌の種類があります。皮脂腺腫瘍では、ミニチュア・シュナウザー、ビーグル、プードルなどで発生頻度が高いことが知られています。
腺癌の進行パターンと転移
犬の腺癌は悪性腫瘍であるため、時間とともに進行し、他の臓器に転移する可能性が高い疾患です。転移のパターンは腺癌の発生部位によって異なり、リンパ行性転移と血行性転移の両方が起こりえます。
早期ステージでは腫瘍は原発部位に限局しており、適切な外科的切除により良好な予後が期待できます。しかし、腺癌は転移率が高く、外科的切除が可能でも転移により厳しい経過をたどることも多いのが現実です。
進行ステージになると、リンパ節転移や遠隔転移が起こり、治療選択肢が限られてきます。特に肺転移は多くの悪性腫瘍で起こりやすく、腫瘍死した犬全体の30%に肺転移があったという報告もあります。
転移の有無は予後に大きく影響し、リンパ節転移がある場合とない場合で生存期間に大きな差が生じます。そのため、腺癌の診断においては原発部位の評価だけでなく、転移の有無を詳しく調べることが治療方針決定に重要です。
腺癌の分子生物学的特徴
最近の研究により、犬の腺癌にも人間の癌と類似した分子生物学的特徴があることが明らかになってきました。これらの知見は、犬が人間の癌研究のモデルとして注目される理由の一つでもあります。
遺伝子変異の観点では、犬の腺癌においてもTP53遺伝子の変異が最も多く検出され、人間の癌と同様の傾向を示します。また、PIK3CA遺伝子の変異も犬の血管肉腫で高頻度に検出されており、分子標的治療の可能性を示唆しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8908334/
腫瘍マーカーとして、Ki-67タンパク質が犬の血清中でも測定可能であり、悪性腫瘍の存在を示唆するマーカーとして有用性が報告されています。これらの血清マーカーは非侵襲的な検査方法として、今後の発展が期待されています。
参考)https://www.mdpi.com/2076-2615/12/10/1263/pdf?version=1652512440
BRCA1およびBRCA2遺伝子も犬の癌発症に関与しており、特に乳腺腫瘍との関連が研究されています。これらの遺伝子は人間の乳癌でも重要な役割を果たしており、犬と人間の癌研究における比較腫瘍学的アプローチの価値を示しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11855874/
腺癌と他の腫瘍との鑑別
犬の腺癌の正確な診断には、他の腫瘍との鑑別が重要です。特に良性の腺腫との区別は、治療方針や予後に大きく影響するため、病理組織学的検査による確定診断が不可欠です。
良性腺腫は外科的切除のみで良好な予後が期待できますが、悪性の腺癌では外科的切除に加えて放射線療法や化学療法の追加治療が必要になることがあります。そのため、細胞診や組織生検による正確な診断が治療戦略の決定に重要です。
肉腫との鑑別も重要で、腺癌は上皮性悪性腫瘍であるのに対し、肉腫は非上皮性悪性腫瘍として分類されます。血清Ki-67濃度の測定では、癌腫、肉腫、リンパ腫の間で有意な差は認められないものの、健康な犬や非腫瘍性疾患の犬との区別には有用とされています。
画像診断においても、腺癌の特徴的なパターンを理解することが重要です。原発性肺腺癌は孤立性腫瘤として現れることが多いのに対し、転移性肺腫瘍は多発性に現れる傾向があります。