誤嚥と犬の健康リスク
誤嚥の基本メカニズム
誤嚥とは、本来食道に入るべき食べ物や唾液、吐物などが誤って気管に入ってしまう現象です。正常な嚥下機能では、舌と咽頭の筋肉が協調して食塊を食道へ送り込み、同時に喉頭蓋が気管の入口を塞ぐことで気道への侵入を防いでいます。
しかし、この精密な機能に何らかの障害が生じると、食べ物が気管支や肺に流れ込んでしまいます。健康な犬であれば咳反射によって異物を排除できますが、反射機能が低下している場合や大量の異物が侵入した場合、深刻な肺炎を引き起こすリスクが高まります。
誤嚥性肺炎の発症プロセス
気管に侵入した異物は、複数のメカニズムによって肺炎を引き起こします。まず、胃酸などの酸性物質が化学的に肺組織を損傷し、炎症反応を誘発します。次に、食物粒子が物理的に小さな気管支を閉塞し、換気障害を引き起こします。
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さらに重要なのは、口腔内細菌が付着した異物が肺に到達することで二次感染が成立することです。これらの複合的な要因により、急性の炎症が広範囲に拡大し、酸素交換機能が著しく低下します。重症例では低酸素症による意識障害や心停止に至ることもあり、死亡率は18.4%という報告もあります。
犬種別リスクファクター
誤嚥性肺炎の発症リスクは犬種によって大きく異なります。短頭種のフレンチブルドッグやパグは、気道の構造上の特徴から誤嚥しやすく、短頭種気道症候群に伴う呼吸困難が誤嚥リスクを増加させます。
ダックスフンドは椎間板ヘルニアによる神経症状や慢性鼻炎の影響で嚥下機能が低下しやすい犬種です。大型犬では、アイリッシュウルフハウンドやラブラドールレトリーバーが喉頭麻痺を発症しやすく、この病気は誤嚥の主要な原因となります。
喉頭麻痺に対する外科手術(片側披裂軟骨側方化術)を受けた犬では、1年以内に18.6%、3年以内に31.8%で誤嚥が発生するとの報告があり、継続的な注意が必要です。
老犬における嚥下機能の変化
加齢による嚥下機能の低下は、誤嚥性肺炎の最も重要なリスク要因の一つです。老犬では唾液分泌量が減少し、食べ物の滑りが悪くなることで飲み込みにくさが生じます。
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舌や咽頭の筋力低下により、食塊を適切に形成し食道に送り込む能力が著しく衰えます。また、嚥下反射の感度も低下し、異物が気道に侵入しても適切な排除反応が起こりにくくなります。
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姿勢の変化も重要な要因で、関節炎や脊椎疾患により頭部を適切な角度に保てなくなると、重力による食物の流れが変化し誤嚥リスクが増加します。これらの複合的な変化により、老犬では若齢犬に比べて誤嚥性肺炎の発症率が大幅に上昇します。
環境要因と予防の重要性
誤嚥性肺炎の予防には、環境管理と食事方法の工夫が不可欠です。食器の高さを犬の体高に合わせることで、頭部を下げずに食事ができ、重力による食物の適切な流れを促進できます。
食事の与え方では、ドライフードを適度にふやかし、表面に湿り気を与えることで嚥下しやすくなります。ただし、水分過多は逆にむせを誘発するため、個体に応じた調整が必要です。
寝たきりの犬では、食事時に上体を起こし、食後30分程度はその姿勢を維持することで逆流を防げます。また、少量頻回給餌により一度に嚥下する量を減らし、誤嚥リスクを最小限に抑えることも効果的な予防策です。