トロンビンと犬の血液凝固
トロンビンの基本的な働き
トロンビンは、犬の血液凝固において中心的な役割を果たす酵素です。正常な血液凝固の過程で、トロンビンはフィブリノーゲンをフィブリンに変化させることで、血液の固まりを形成します。この働きにより、出血時に血管の損傷部位を迅速に修復し、犬の生命を守る重要な機能を担っています。
参考)血液学検査:凝固
血液中でのトロンビンの活動は、様々な血液凝固因子の活性化によって引き起こされます。トロンビン自体は血液中には存在せず、出血などの刺激により血液凝固カスケードが活性化されることで産生されます。このため、正常な血管内では血液は凝固しないようになっています。
参考)播種性血管内凝固症候群とは… – ハーツアニマルクリニック …
トロンビンと犬の病気の関係
犬においてトロンビンの働きが異常になると、重篤な疾患を引き起こす可能性があります。最も重要な疾患の一つが播種性血管内凝固症候群(DIC)です。DICでは、血液凝固が過剰に活性化され、全身の血管内で小さな血栓が多数形成される危険な状態となります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvma/70/1/70_47/_pdf
DICの発症につながる基礎疾患には、敗血症、子宮蓄膿症、胃拡張・胃捻転、悪性腫瘍、急性膵炎、免疫介在性疾患、熱中症、ヘビの咬傷、肝障害、外傷、手術、輸血の不適合などがあります。これらの疾患が存在する場合、トロンビンの過剰な活性化により血液凝固系に異常が生じるリスクが高まります。
トロンビンの検査指標:TAT複合体
トロンビンの活動を評価する重要な指標として、トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)があります。TATは、血液凝固を促進するトロンビンと、それを抑制するアンチトロンビンが1対1で結合した複合体です。
TATの測定は、犬のDICや血栓塞栓症の早期診断において非常に有用な検査です。トロンビン自体は半減期が極めて短く測定困難ですが、TATの半減期は3~15分と比較的長く安定しているため、トロンビンの産生量を間接的に把握することができます。
犬の正常なTAT値は0.2ng/mL以下とされており、この値を上回る場合は血液凝固亢進状態を疑う必要があります。研究によると、基礎疾患に対する治療に良好に反応した症例では、TATが速やかに正常値化する過程が観察されています。
トロンビン検査による犬の健康管理
現代の獣医療では、犬の血液凝固系を総合的に評価するため、複数の検査項目を組み合わせて診断を行います。主な検査項目には、血小板数、プロトロンビン時間(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、フィブリノーゲン、アンチトロンビン(AT)、そしてTATなどがあります。
参考)臨床現場では常に播種性血管内凝固症候群(DIC)を意識しまし…
血液凝固系検査の基準値として、犬のPTは5~6秒、APTTは11~16秒、フィブリノーゲンは128~420mg/dL、アンチトロンビンは114~179%が正常範囲とされています。これらの値に異常が認められる場合、背景にある基礎疾患の存在を疑い、適切な診断と治療を行う必要があります。
定期的な血液検査により、これらの指標を監視することで、愛犬の血液凝固系の異常を早期に発見し、重篤な合併症を予防することが可能になります。
トロンビン異常の予防と治療戦略
トロンビンに関連した疾患の治療では、基礎疾患の治療が最も重要です。DICなどの血液凝固異常が発症した場合、原因となる疾患を特定し、適切な治療を行うことで、トロンビンの異常な活性化を抑制することができます。
参考)犬のDIC(播種性血管内凝固症候群)【獣医師執筆】犬の病気辞…
治療法としては、未分画ヘパリンや低分子ヘパリン製剤が使用されることが多くあります。ヘパリンはアンチトロンビン活性を促進することで抗凝固作用を発揮しますが、アンチトロンビン活性が著しく低下している場合は効果が期待できません。
このような場合には、合成プロテアーゼ阻害薬が使用されます。この薬剤は、アンチトロンビン非依存性にトロンビンを抑制する特徴があります。また、新鮮凍結血漿や全血輸血により、消費された凝固因子やアンチトロンビンの補充を行うことも重要な治療選択肢となります。
近年では、リバーロキサバンなどの新しい抗凝固薬も注目されており、第Xa因子を選択的に直接阻害することで血液凝固を抑制します。これらの薬剤は、従来のヘパリンとは異なる作用機序を持つため、治療選択肢の幅を広げています。
愛犬の健康管理において、定期的な健康診断と血液検査により、トロンビンを含む血液凝固系の状態を把握し、異常の早期発見と適切な治療を行うことが、重篤な合併症の予防につながる重要なポイントといえるでしょう。