敗血症犬の基本知識と対処法
敗血症犬の原因と発症メカニズム
犬の敗血症は、感染症によって血液中に細菌が増殖し、全身に重篤な症状を引き起こす生命を脅かす病態です。正常な状態では、体内に侵入した細菌は免疫機能によって排除されますが、免疫力が低下している場合や重度の感染症が発生した場合、この防御機能が適切に働かなくなります。
主な原因となる疾患:
特に注目すべきは、尿路敗血症が犬の敗血症において重要な位置を占めていることです。ある研究では、敗血症の犬の35%が尿路または生殖管のいずれかに感染病巣が確認されており、最も一般的な原因は腎盂腎炎で全症例の50%を占めていました。
発症しやすい状況:
敗血症の発症メカニズムは複雑で、細菌そのものだけでなく、細菌が産生する毒素(エンドトキシン)が全身に回ることで、免疫機能が過剰に反応し、全身性の炎症を引き起こします。
敗血症犬の症状と診断方法
敗血症の症状は多岐にわたり、原因となる感染症によって異なりますが、共通して見られる特徴的な症状があります。
初期症状:
- 発熱(38.5℃以上)
- 食欲不振
- 元気の消失
- 嘔吐
- 下痢
進行した症状:
- 低体温(重篤な状態を示す)
- 呼吸が異常に速い(頻呼吸)
- 頻脈
- 可視粘膜の蒼白(口腔粘膜、まぶたの裏の白っぽい変色)
- 感染部位の疼痛
研究によると、敗血症の犬の65.6%が多臓器不全症候群(MODS)を併発しており、特に胃腸機能不全が最も多く見られます。MODS を併発した犬では、止血系、心血管系、腎臓系、肝胆道系、呼吸器系の機能不全も認められます。
診断方法:
血液検査では以下の項目を確認します。
- 白血球数の異常(増加または減少)
- 感染マーカーの上昇
- 肝酵素値の異常
- 腎機能マーカー(BUN、クレアチニン)の上昇
- 貧血の有無
- 血小板数の減少
画像検査(超音波検査、レントゲン検査)は感染源となっている部位を特定するために重要です。特に腹部超音波検査は、子宮蓄膿症や腹膜炎の診断に有効です。
細菌培養検査により原因菌を特定し、適切な抗生剤を選択することが治療成功の鍵となります。
敗血症犬の治療法と予後
敗血症の治療は時間との勝負であり、早期の適切な治療が予後を大きく左右します。人医学では、敗血症性ショック患者において抗生物質投与が1時間遅れるごとに死亡率が7.6%増加することが報告されており、獣医学においても同様の緊急性が求められます。
治療の基本方針:
- 感染源の除去
- 子宮蓄膿症:緊急手術による子宮摘出
- 腹膜炎:外科的洗浄と感染源の除去
- 創傷感染:適切な創傷処置
- 抗生剤治療
- 広範囲抗菌薬の迅速な投与
- 培養結果に基づく適切な抗生剤への変更
- 十分な期間の継続投与
- 支持療法
- 輸液療法による循環動態の安定化
- 昇圧剤の使用(敗血症性ショックの場合)
- 酸素療法
- 疼痛管理
予後因子:
研究によると、以下の因子が予後不良と関連しています。
- 血清ビリルビン濃度の上昇
- BUN(血中尿素窒素)の上昇
- クレアチニンの上昇
- 多臓器不全の併発
- 病気の重症度スコアの高値
興味深いことに、尿路敗血症の研究では32頭中28頭(87.5%)が生存しており、適切な治療により良好な予後が期待できることが示されています。
治療上の注意点:
- アルブミン製剤の投与は重篤な症例で検討される
- 連続的な抗菌薬投与(CRI)が効果的な場合がある
- ノルエピネフリンなどの昇圧剤が必要になることがある
敗血症犬の予防と早期発見のポイント
敗血症の予防は、原因となる感染症の予防と早期治療が最も重要です。特に基礎疾患を持つ犬や免疫力が低下している犬では、より注意深い管理が必要です。
予防策:
定期的な健康診断
- 年1-2回の血液検査
- 尿検査による尿路感染症の早期発見
- 高齢犬では半年ごとの検査を推奨
基礎疾患の適切な管理
- 糖尿病のコントロール
- クッシング症候群の治療
- 免疫抑制治療中の感染症監視
環境管理
- 清潔な飼育環境の維持
- 創傷の適切な処置
- 手術後の感染予防
早期発見のための観察ポイント:
日常的にチェックすべき項目
- 体温の変化(平熱38-39℃)
- 食欲の変化
- 元気度の変化
- 排尿・排便の異常
- 呼吸の変化
緊急受診が必要な症状
- 高熱(39.5℃以上)が続く
- 食欲が24時間以上ない
- 呼吸が荒い、浅い
- 歯茎や舌の色が白い
- 嘔吐が続く
- ぐったりして動きたがらない
特別な注意が必要な犬種・年齢
- 7歳以上の高齢犬
- 1歳未満の幼犬
- 小型犬(チワワ、ヨークシャーテリアなど)
- 避妊・去勢手術を受けていないメス犬
予防においては、獣医師との密な連携が不可欠です。定期的な相談により、愛犬の健康状態を適切に把握し、異常の早期発見につなげることができます。
敗血症犬の飼い主が知るべき緊急対応
敗血症が疑われる場合の飼い主の対応は、愛犬の生命を左右する重要な要素です。適切な初期対応と迅速な獣医師への相談が、治療成功率を大幅に向上させます。
緊急時の対応手順:
1. 症状の確認と記録
- 体温測定(直腸温度計使用)
- 呼吸数のカウント(1分間)
- 脈拍の確認
- 症状の詳細な記録(発症時間、経過など)
2. 即座に行うべきこと
- 獣医師または動物病院への緊急連絡
- 安静な環境での保温
- 水分摂取の確保(嘔吐がない場合)
- ストレスを与えない環境作り
3. 絶対に避けるべき行動
- 解熱剤の自己判断での投与
- 抗生剤の残薬の使用
- 無理な食事の強要
- 激しい運動や移動
動物病院への連絡時に伝える情報:
- 犬の基本情報(年齢、体重、品種)
- 現在の症状と発症時間
- 最近の既往歴や治療歴
- 現在服用中の薬物
- ワクチン接種状況
夜間・休日の対応:
多くの地域には24時間対応の動物病院があります。事前に最寄りの救急対応病院を調べ、連絡先を控えておくことが重要です。
搬送時の注意点:
- 安定した姿勢での搬送
- 保温対策(タオルや毛布の使用)
- 揺れを最小限に抑えた運転
- 同乗者による継続的な観察
心構えとして重要なこと:
敗血症は確かに重篤な疾患ですが、早期発見と適切な治療により多くの犬が回復しています。慌てずに冷静な対応を心がけ、獣医師の指示に従うことが最も重要です。
また、治療には時間と費用がかかる場合があるため、ペット保険の加入や緊急時の医療費の準備も考慮しておくことをお勧めします。
日頃からの準備
- 体温計の常備
- 獣医師の連絡先の整理
- 救急病院の場所と連絡先の確認
- ペットキャリーの準備
- 愛犬の医療記録の整理
愛犬の健康を守るためには、日頃からの観察と準備、そして異常を感じた際の迅速な対応が不可欠です。敗血症について正しい知識を持ち、早期発見・早期治療を心がけることで、愛犬の健康を守ることができるでしょう。