ホルネル症候群の基本知識と犬への影響
ホルネル症候群は、犬の眼球とその附属器の交感神経支配が麻痺することによって引き起こされる症状群です。この病気は、視床下部から眼球まで走行する頸部交感神経路の周辺で異常が発生した状態を指し、ホーナー症候群とも呼ばれています。
犬の場合、4~13歳の雄のゴールデンレトリーバーに多く認められるとの報告がありますが、本症候群の50~90%は特発性(原因不明)であるとされています。この病気は通常片側性で、暗室中で瞳孔不同が顕著になり、かつ両眼とも対光反射が正常に観察されるのが特徴的です。
最新の研究では、犬の頸部脊髄症においてホルネル症候群が併発することが多く、病気の進行や予後を判断する生理学的なバイオマーカーとしての役割があることが報告されています。これは飼い主にとって重要な指標となるため、症状の理解は非常に重要です。
ホルネル症候群の4つの主要症状と見分け方
ホルネル症候群の症状は、以下の4つの特徴的な症状として現れます。
上眼瞼下垂(がんけんかすい):まぶたが下がって目が小さく見える状態になります。これは交感神経の麻痺により、まぶたを持ち上げる筋肉が正常に働かなくなるためです。
眼球陥没:眼球が奥に入り込んで見える現象です。正常時は交感神経により眼球周囲の筋肉が適切な張りを保っていますが、神経麻痺によりこのバランスが崩れます。
第三眼瞼の突出:最も分かりやすい症状で、写真のように白い膜状のものが目の内側から出てきます。本来は引っ込んでいて見えるところにはありませんが、神経の異常により突出してきます。
縮瞳(しゅくどう):瞳孔が小さくなる症状です。暗い場所でも瞳孔が広がりにくくなり、健康な方の目との違いが顕著に現れます。
これらの症状に加えて、軽度の結膜充血を伴うこともあり、患眼側の耳の皮温が上昇したり、発汗が認められることもあります。飼い主が最も気付きやすいのは第三眼瞼の突出で、「目に白い膜が出てきた」という主訴で来院される方が多いです。
ホルネル症候群の原因となる疾患と神経経路
ホルネル症候群の原因は多岐にわたり、視床下部から眼球までの交感神経走行路中のいずれの部位の障害でも起こる可能性があります。
感染・炎症による原因。
- 中耳炎・内耳炎:頭頸部の神経節や眼窩までの神経が遮断される原因となります
- 外耳炎の放置:中耳炎、内耳炎に進行してホルネル症候群の原因となる可能性があります
- 特発性三叉神経炎:三叉神経に組み込まれている節後性交感神経に波及すると発症することがあります
外傷による原因。
- リードやチョークチェーンでの首の損傷:脊髄から頭頸部の神経節に影響が出る場合があります
- 頸部の外傷:交感神経の走行経路が物理的に損傷されることで発症します
腫瘍性疾患。
- 食道癌などの腫瘍:頸部交感神経が圧迫されることでホルネル症候群の症状が現れることがあります
- 球後疾患:眼窩内の腫瘍による神経圧迫
椎間板疾患による重篤な原因。
椎間板ヘルニアで起こる進行性脊髄軟化症でも発症することがあり、この場合、ホルネル症候群が現れると生命の危険が迫っていることを意味するため、緊急性の高い症状として注意が必要です。
交感神経系の神経経路は複雑で、「視床下部→脳幹→頸髄→T1~T3脊髄分節とその神経根→迷走交感神経幹→交感神経節前線維→交感神経の前頸部神経節→交感神経節後線維→中耳→第V脳神経の眼枝→長毛様体神経→瞳孔散大筋、眼窩骨膜・上眼瞼・第三眼瞼の平滑筋、皮下の血管収縮筋」となっており、この神経路のいずれが障害されてもホルネル症候群が誘発されます。
ホルネル症候群の診断に必要な検査項目
ホルネル症候群の正確な診断には、複数の検査を組み合わせて原因を特定することが重要です。
基本的な検査項目。
- 一般眼科検査:前部ぶどう膜炎との鑑別、暗室での左右瞳孔の不同、対光反射の確認を行います
- 血液検査:全血球数算定、生化学検査により炎症反応や他の疾患の除外診断を行います
- X線検査:骨格系の異常や腫瘍の有無を確認します
- 超音波検査:眼窩、胸部の詳細な観察を行います
高度な検査。
- CT・MRI検査:神経経路の詳細な画像診断により、腫瘍や炎症の部位を特定します
- 脳脊髄液検査:中枢神経系の炎症や感染を調べます
- 神経学的検査:脳や脊髄の異常を調べる検査で、視診、触診、姿勢反応、脊髄反射などが含まれます
重要な薬理学的診断テスト。
5%フェニレフリン液を使った試験は、障害部位を特定する重要な検査です。5%フェニレフリン液を両眼に点眼し、散瞳するまでの時間で障害部位を推定します:
- 20分程度で正常な目よりも早くに瞳孔が開く:節後性障害
- 瞳孔が広がらない:中枢性あるいは節前性障害
- 40分程度で散瞳:節前性障害
- 60分以上で散瞳:中枢性障害もしくは正常な交感神経支配
この検査により、治療方針や予後の判断に重要な情報を得ることができます。
ホルネル症候群の治療方法と回復期間
ホルネル症候群の治療は、原因疾患の有無により大きく異なります。
原因疾患が特定できた場合の治療。
原因疾患が特定できれば、その根本的な治療を優先して行います。中耳炎や内耳炎が原因の場合は抗生物質や抗炎症薬による治療、腫瘍が原因の場合は外科的切除や化学療法などが検討されます。
特発性三叉神経炎による場合は、多くの犬が3週間ほどで回復することが知られており、比較的予後良好とされています。
特発性ホルネル症候群の治療。
最も多いケースである特発性ホルネル症候群では、5%フェニレフリンを1日2~4回点眼する対症療法を行います。文献によっては2.5%や0.125%のフェニレフリンを用いる場合もあり、希釈には生理食塩液を使用します。
回復に要する期間と注意点。
特発性ホルネル症候群では、回復に4ヶ月程度を要することが一般的です。この長期間の治療により、飼い主さんはなかなか待ちきれずに心配される方が多いですが、早くは治らないことが多く、根気強く治療を続けることが重要です。
予後について。
予後は原因疾患とその重篤度や治療に対する反応性によって大きく異なります。特発性の場合は時間はかかりますが回復の可能性が高く、根本的な疾患がある場合はその治療効果に依存します。
治療中は定期的な検査により症状の変化を観察し、必要に応じて治療方針を調整していくことが大切です。また、完全に治らない場合もありますが、症状の進行を防ぐことで犬の生活の質を維持することができます。
ホルネル症候群の予防と飼い主が注意すべきポイント
ホルネル症候群は特発性であることが多く、完全な予防は困難ですが、早期発見・早期治療が最も重要です。
日常生活での予防対策。
- 外耳炎の早期治療:外耳炎を放置せずに適切に治療することで、中耳炎・内耳炎への進行を防ぎ、ホルネル症候群の予防につながります
- 首回りの安全管理:リードやチョークチェーンの適切な使用により、首の外傷を防ぐことが重要です
- 定期的な健康チェック:年に1~2回の定期健康診断で、潜在的な疾患の早期発見に努めましょう
飼い主が注意すべき早期症状。
愛犬の目に以下のような変化があった場合は、速やかに獣医師に相談することをお勧めします。
- 目に白い膜のようなものが見える
- 片方の目が小さく見える
- 暗い場所でも瞳孔が小さいまま
- 目の周りの皮膚の温度が異なる
特に注意が必要なケース。
ゴールデンレトリーバーの飼い主さんは、この犬種での発症が多いことを認識し、より注意深く観察することが推奨されます。また、高齢犬(4~13歳)での発症が多いため、シニア犬の飼い主さんは特に注意が必要です。
緊急性を要する症状。
椎間板ヘルニアによる進行性脊髄軟化症が疑われる場合、ホルネル症候群の出現は生命に関わる重篤な状態を示す可能性があります。歩行困難や四肢の麻痺などの神経症状と併せてホルネル症候群が現れた場合は、緊急受診が必要です。
散歩時の注意点。
首輪の締め付けすぎや、強い引っ張りによる首への負担を避けることで、頸部交感神経への物理的な損傷を予防できます。ハーネスの使用も頸部への負担軽減に効果的です。
日頃から愛犬とのスキンシップを通じて、目の状態や顔の左右差などを観察する習慣をつけることで、異常の早期発見につながります。少しでも気になる変化があった場合は、写真を撮影して獣医師に相談することをお勧めします。