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放射線治療と犬のがん治療における効果と安全性

放射線治療と犬のがん治療の基本

犬の放射線治療の特徴
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局所的な治療

腫瘍の部位に正確に照射し、他の臓器への影響を最小限に抑制

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手術が困難な部位への対応

鼻腔内腫瘍や脳腫瘍など外科手術が難しい箇所に効果的

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他の治療法との併用

手術や抗がん剤治療と組み合わせることで相乗効果を発揮


放射線治療は、放射線を腫瘍に照射することで癌細胞の増殖を抑制し、腫瘍の縮小を目指す治療法です。犬のがん治療において、外科療法、化学療法と並ぶ三大治療法の一つとして位置づけられており、特に手術では切除が困難な部位の腫瘍に対して高い効果を発揮します。

参考)犬も「がん」になるの? 症状や治療法について【獣医師監修】 …

放射線治療の最大の特徴は、局所的な治療でありながら腫瘍細胞に対する殺滅効果が化学療法と比較してかなり高いことです。また、外科手術と異なり周囲の健康組織の機能を温存できるため、犬の生活の質を維持しながら治療を進めることが可能となります。全身麻酔は必要ですが、手術と比較して犬の身体への負担が少ない点も重要な利点です。
動物の放射線治療では、人間の治療と異なりQOL(生活の質)の向上と疼痛の緩和を主目的とし、場合により生存期間の延長が得られることが期待されます。60~70%のケースで効果が得られるとの報告があり、多くの症例で良好な治療成果が認められています。

放射線治療の適応症となる犬の疾患

犬の放射線治療は、手術が困難な場所にある腫瘍、細胞レベルで腫瘍が残存している場合、緩和的な治療が必要な場合の3つの状況で適応が検討されます。口腔内や鼻腔内などの手術で完全摘出が困難な場所や、足先など摘出すると皮膚の縫合が困難な場所に腫瘍がある場合に特に有効です。
具体的な適応症例として、鼻腔内腫瘍肥満細胞腫、口腔内メラノーマ、一部リンパ腫、脳腫瘍、脊髄腫瘍、甲状腺腫瘍などの頭頚部腫瘍、軟部組織肉腫、猫のワクチン関連肉腫、髄膜種などが挙げられます。特に鼻腔内腫瘍については、犬全腫瘍の約1%で発生し、そのほとんどが悪性であるため、放射線治療の有効性が多数報告されており、生存期間は7~19.7カ月とされています。

参考)https://jvma-vet.jp/mag/06807/c1.pdf

手術後に病理検査でマージンがプラスで戻ってきた場合など、再手術での摘出が困難で細胞レベルで腫瘍が残っている際の補助的治療としても放射線治療が用いられます。また、腫瘍による痛みの緩和や出血の抑制など、生活の質の維持を目指すための緩和的な放射線療法も重要な適応となります。

放射線治療の種類と治療方法

犬の放射線治療には、根治的放射線治療と緩和的放射線治療の2つの主要な目的があります。根治的放射線治療は腫瘍の根治を目的とし、1回に少量の放射線量で多分割照射を行います。一方、緩和的放射線治療は腫瘍による痛みや症状の緩和を目的とし、高線量を週に1回で5回から6回、5週から6週の照射を行います。
最新の放射線治療技術として、強度変調放射線治療(IMRT:Intensity-Modulated Radiation Therapy)が注目されています。IMRTは、放射線の強度を調整して腫瘍の形状に合わせて正確に照射する技術で、周囲の正常組織への放射線量を最小限に抑えながら、腫瘍には十分な線量を照射することが可能です。この技術により、従来の放射線治療では困難であった複雑な形状の腫瘍や、重要な臓器に近接する腫瘍に対しても安全で効果的な治療が実現されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2966034/

定位放射線治療(SRT:Stereotactic Radiotherapy)も新しい治療選択肢として普及しています。SRTは3次元立体照射技術を用いて高精度にビームを照射する技術で、通常3~5回という少ない回数で治療を完了できます。シノナサル腫瘍に対する3×10Gyプロトコルでの治療では、良好な腫瘍制御率が報告されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10658520/

放射線治療の副作用と安全性

犬の放射線治療における副作用は、急性型副作用と遅延型副作用の2つに大別されます。急性型副作用は通常治療開始から2~3週間位からはじまり、プロトコール終了後2週間程度でおさまります。主な症状として皮膚のふけや皮膚炎、脱毛などがおこり、重度の場合はやけどのような症状になることがあります。
遅延型副作用は放射線治療後6~12ヶ月後くらいに起こる副作用で、脱毛や毛色の変化、重篤な場合は骨や皮膚の壊死を起こすことがあります。しかし、適切な治療プロトコールを実施した場合、重度な副作用が生じるリスクは3%未満とされており、元に戻らないような放射線障害が発生する確率は5%以下に押さえられます。
最新の研究では、FLASH放射線治療という超高線量率での照射により、正常組織の保護効果と抗癌効果の両立が期待されています。単回照射30Gyが表在性腫瘍に対する最大安全線量とされ、従来の放射線治療と比較して副作用の軽減が可能となっています。ただし、口腔内腫瘍では35Gy以上で骨放射線壊死のリスクがあるため、部位により慎重な線量設定が必要です。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8155542/

放射線治療の費用と治療期間

犬の放射線治療の費用は治療タイプにより大きく異なります。根治放射線治療では12~20回の照射で約98万円、定位放射線治療(SRT)では3~5回で約60万円、緩和放射線治療では4~6回で約50万円が費用の目安とされています。これらの費用には診察料、血液検査、CTあるいはMRI検査、麻酔、放射線照射計画、放射線照射費用、入院費などが含まれます。

参考)https://jsamc.jp/services/images/jsamc_rt.pdf

一般的な動物病院では、放射線治療の全体費用として50万~100万円程度が提示されており、照射回数により金額が異なります。治療期間については、根治目的では週に3~5回、緩和目的では週に1回の頻度で実施され、各回の治療時間は約20~30分程度を要します。
治療を受けるためには複数回の来院が必要で、放射線の照射は複数回に分けて行うためその都度全身麻酔をかけなくてはいけない点が人医療と大きく異なります。また、治療開始前に治療計画用のCT画像を撮影し、照射する範囲や方向を決定するため、治療開始までに1週間程度の準備期間を必要とします。

参考)放射線治療科(がん腫瘍科)専門外来 – 武蔵国どうぶつ医療セ…

放射線治療と他の治療法の比較・併用

犬のがん治療における放射線治療の位置づけは、手術、化学療法との組み合わせにより最大の効果を発揮します。獣医療の放射線治療で最も多く行われているのが手術と放射線治療の併用療法で、体表部のがんであっても動物病院を受診する時には既に著しく進行していることが多いためです。

参考)https://www.jrias.or.jp/books/pdf/201508_TENBO_FUJITA_FUJIWARA.pdf

手術との比較では、放射線治療は手術によってがんを切除することなく治療効果を期待できるため、手術が本来適応とならない部位や臓器を温存したまま治療を行うことができます。また、化学療法では一般的に縮小させることが困難と言われている固形がんに対しても治療効果が期待できる場合があります。
肛門嚢腺癌の症例研究では、外科治療群と放射線治療群(3.8Gy×8回、総線量30.4Gy)を比較した結果、放射線治療群で無増悪期間中央値347日、生存期間中央値447日と、外科治療群の159日、182日よりも有意に優れた結果が得られています。これは放射線治療の有効性を示す重要なエビデンスとなっています。

参考)Journal Club 2016

光線力学療法や免疫療法などの新しい治療法との組み合わせも研究されており、犬の癌治療において常に新しい方法や技術が導入されています。マイクロビーム放射線治療(MRT)のような先進的技術も、脳腫瘍治療において正常脳組織への急性から亜急性の放射線毒性を誘発せず、生活の質の改善と顕著な腫瘍体積減少を実現する画期的な治療法として期待されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11311398/