インスリノーマと犬の低血糖症状の診断治療
インスリノーマの発症メカニズムと病態
インスリノーマは膵臓のβ細胞が腫瘍化し、血糖値に関係なくインスリンを過剰分泌する疾患です 。健康な犬では血糖値が低下するとインスリン分泌が抑制されますが、インスリノーマでは腫瘍細胞が自律的にインスリンを産生し続けるため、深刻な低血糖状態を引き起こします 。
参考)インスリノーマ
犬のインスリノーマの約90%以上が悪性腫瘍であり、人間の良性率90%とは対照的な特徴を示します 。腫瘍は膵臓のβ細胞から発生し、診断時には約50%の症例で既にリンパ節や肝臓への転移が認められることが多く、肺転移は比較的稀とされています 。
参考)犬の膵臓腫瘍(インスリノーマ)|京都市左京区の動物病院「かも…
インスリノーマによる低血糖症状の特徴
インスリノーマの臨床症状は主に低血糖による神経症状として現れます。初期症状には元気消失、体のふるえ、精神的不安、後肢のふらつきなどがあり 、これらの症状は空腹時、運動後、興奮時に特に顕著になります 。
病気が進行すると発作、虚脱、運動失調、振戦、精神鈍麻などの重篤な神経症状が出現します 。慢性的な低血糖状態が続く犬では、一般的な低血糖閾値よりもさらに低い血糖値になってから症状が現れることもあり 、これが診断を遅らせる要因の一つとなっています。
インスリノーマの診断方法と検査技術
インスリノーマの診断には低血糖と高インスリン血症の同時確認が重要です。血液検査では血糖値60mg/dL以下の低血糖時にインスリン値が正常範囲上限または高値を示すことで診断が確定されます 。
参考)犬のインスリノーマ:原因、症状や検査・治療法について解説
画像診断では超音波検査が第一選択とされますが、腫瘍が小さい場合は検出困難なことがあります 。近年ではダイナミックCTと呼ばれる特殊撮影法により検出率の向上が図られており、転移病変の評価にも有効です 。胸部レントゲンやCT検査は肺転移の評価に用いられますが、インスリノーマの肺転移は稀です 。
インスリノーマの手術治療と予後改善策
外科的切除がインスリノーマの第一選択治療とされており、ステージI(転移なし)では膵臓部分摘出術が推奨されます 。腫瘍のみを摘出する核出術は膵臓部分摘出術と比較して腫瘍制御と生存期間が劣るため、可能な限り膵臓部分摘出術を実施します 。
最近では腹腔鏡下膵臓部分摘出術という新しい低侵襲手術法も報告されており、従来の開腹手術と比較して回復時間の短縮が期待されています 。完全切除が困難な場合でも減容積手術により低血糖症状の緩和と生存期間の延長が期待できます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10800787/
外科手術を行った犬の生存期間中央値は10~26ヶ月とされ、ステージIまたはIIの犬では18ヶ月、ステージIIIでは6ヶ月未満と報告されています 。
インスリノーマの内科管理と新規治療法
手術適応とならない症例や術後管理には内科療法が実施されます。食事療法では単糖類を制限し、高タンパク・複合炭水化物を1日4~6回に分けて給与することで血糖値の安定化を図ります 。
参考)【インスリノーマ】中高齢の犬やフェレットで見られる膵臓の腫瘍…
薬物療法にはプレドニゾロン、ジアゾキシド、オクトレオチドなどの血糖値上昇薬が使用されます 。化学療法としてはストレプトゾトシンが有効ですが、強い腎毒性があるため腎機能や心機能の評価が必要です 。
参考)インスリノーマ|まつき動物病院|犬と猫の内科の病院|千代田区…
近年、分子標的治療薬であるトセラニブリン酸塩の有効性が報告されており、転移性インスリノーマに対する新たな治療選択肢として注目されています 。また、経皮的超音波ガイド下ラジオ波焼灼術(RFA)という新しい治療法も開発されており、手術リスクが高い症例に対する低侵襲治療として期待されています 。