犬の病理組織検査について
犬の病理組織検査は、様々な疾患の確定診断において非常に重要な役割を果たしています。特に腫瘍性疾患の場合、その性質(良性か悪性か)や種類を正確に判断するためには欠かせない検査です。
病理検査とは、犬の体を構成する細胞や組織、器官に生じた病変を、肉眼や顕微鏡を用いて観察・分析する検査のことです。犬の体はたくさんの細胞から成り立っており、それらが集まって組織を形成し、さらに組み合わさって心臓や肝臓、腎臓などの器官となっています。
身体検査や血液検査、X線検査やエコー検査などの画像診断だけでは確定診断が困難な場合に、病理検査が実施されます。特に腫瘍性疾患の場合は、病理検査によって初めて確定診断が可能となり、その結果に基づいて適切な治療方針を立てることができます。
犬の細胞診検査の方法と特徴
細胞診検査は、病変部から細胞を採取し、スライドガラスに付着させて染色した後、顕微鏡で観察する検査方法です。主に皮膚や体表面に触知できるしこりがある場合に、それが腫瘍かどうか、また腫瘍であればどのような性質なのかを判断するために行われます。
細胞の採取方法としては、細い針を刺して吸引する「針吸引細胞診(FNA: Fine Needle Aspiration)」が一般的です。この方法は犬に与える痛みも少なく、皮下注射と同程度の痛みであるとされています。そのため、通常は麻酔をかけずに実施することができますが、犬が動いてしまう場合や攻撃的な場合、また顔周りや口周り、足先などの危険が伴う部位の検査では、鎮静処置を行うこともあります。
細胞診検査で診断される代表的な疾患には、以下のようなものがあります:
- リンパ腫
- 組織球腫瘍/組織球性肉腫
- 肥満細胞腫
- 膿瘍
特に肥満細胞腫は、犬の皮膚における悪性腫瘍の中で最も発生率が高く、細胞診検査で確定診断が可能な腫瘍の一つです。肥満細胞は顆粒を多く含む特徴的な細胞で、細胞診では顆粒に富む円形の細胞として観察されます。
ただし、細胞診検査ではしこりを構成するすべての細胞を採取することはできないため、確定診断や悪性度の評価には、生検や手術で切除した組織を用いた病理組織検査が必要となる場合があります。
犬の病理組織検査の実施方法と意義
病理組織検査は、内視鏡や手術によって摘出された組織を調べる検査です。組織の採取方法にはいくつかの種類があり、その一つがパンチ生検です。
パンチ生検は、主に皮膚の病変を調べるために、皮膚組織を円形に切り取る器具を使用して組織を採取し、観察標本を作成する方法です。皮膚の病変の診断が難しい場合や、治療に対する反応が不十分な場合、また見慣れない皮膚症状が出ている場合などに実施されます。
犬の場合、パンチ生検は局所麻酔で実施することが可能ですが、犬の性格や生検したい部位によっては、安全のために鎮静処置を行うこともあります。
病理組織検査では、採取した組織を特殊な処理(固定、包埋、薄切、染色など)を施した後、顕微鏡で詳細に観察します。この検査によって、腫瘍の種類や悪性度、炎症の程度や原因などを詳細に評価することができます。
例えば、肥満細胞腫の場合、病理組織診断によって悪性度が評価されます。評価法には、Patnaik分類(低グレード、中間グレード、高グレードの3段階)とKiupel分類(低グレード、高グレードの2段階)があります。これらの評価結果に基づいて、追加治療の必要性が判断されます。
低〜中間グレードで根治的切除がなされていれば腫瘍の根治が期待できますが、高グレードの場合や切除しきれなかった場合には、化学療法(抗がん剤)や放射線療法などの追加治療が検討されます。
犬の乳腺腫瘍における遺伝子検査の活用
近年、犬の乳腺腫瘍の診断において、遺伝子検査を活用する方法も注目されています。特に、全身麻酔での手術ができない高齢犬や、手術すべきか迷う症例などに適した検査として、マイクロサテライト解析という方法があります。
この検査は、犬の乳腺腫瘍の悪性度と関連のある「ゲノム不安定性」に着目した遺伝子検査です。腫瘍組織と正常組織のマイクロサテライトマーカーを比較し、両者で異なるピークパターンが確認されれば、その腫瘍組織でゲノム不安定性が起こっていることを意味します。
研究によれば、ゲノム不安定性が見られた乳腺腫瘍組織では、病理組織検査で悪性と診断される割合が顕著に高いことが明らかにされています。具体的には、病理組織検査で悪性と診断された乳腺腫瘍組織では79.2%がゲノム不安定性が陽性(悪性腫瘍の検出感度)であったのに対し、良性では4.5%(特異性95.5%)のみが陽性でした。
この検査の利点としては、以下のようなものがあります:
- 針生検材料で検査できるため、高齢犬などにも負担が少ない
- 遺伝子検査なので、主観が入りにくく客観性が高い
- 手術前に悪性度の予測ができる
犬の病理検査における院内診断と外部委託の違い
病理検査の実施方法には、院内で行う方法と外部の検査会社に委託する方法があります。多くの動物病院では、病理検査を外部の検査会社に委託しており、固定した組織を検査会社に送付し、診断結果を待つという流れになります。
一方、院内で病理診断を行う場合は、標本作製から診断までのすべての工程を動物病院内で実施します。この方法には以下のようなメリットがあります:
- 検体送付の時間がかからないため、診断までの時間が短縮できる
- 診察・手術を行った臨床獣医師と血液検査や画像検査などの情報を共有・ディスカッションすることで、より正確な病理診断が可能
- 必要に応じて追加検査を迅速に実施できる
標準的な病理組織検査では、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色という方法で組織を染色して観察しますが、腫瘍の種類や病原体の有無をより詳細に調べるために、追加で特殊な染色を行う場合もあります。
院内診断と外部委託のどちらが適しているかは、動物病院の設備や人員体制、検査の緊急性などによって異なります。重要なのは、正確な診断結果を得るために、適切な方法を選択することです。
犬の遺伝性疾患と病理組織検査の最新研究
犬の遺伝性疾患の診断や治療においても、病理組織検査は重要な役割を果たしています。例えば、常染色体優性網膜変性症(adRP)という遺伝性の眼疾患に対する遺伝子治療の研究では、病理組織診断が治療効果の評価に活用されています。
ペンシルベニア大学とフロリダ大学の研究チームは、RHO遺伝子の変異に依存しないadRP遺伝子治療法を開発しました。この治療法では、ヒトおよび犬のRHO遺伝子に対して効果的にノックダウンするshRNAを作出し、RNA干渉に対する耐性を持たせたヒトRHO置換cDNAと共に、単一のAAVベクターで送達する手法を用いています。
犬モデルでの実験では、このベクターを網膜下に注入することで、犬の内在RHO遺伝子(変異型と野生型を問わず)の98-99%がノックダウンされ、ヒトRHO cDNAによる置換を介してRHOタンパク質レベルが正常なレベルの30%まで回復しました。
非侵襲的な網膜像解析から、ベクター標的領域の視細胞が網膜変性から完全に保護されていることが確認され、病理組織診断からは、正常な視細胞の構造と網膜桿体外節におけるRHO発現が維持されていることが確認されました。また、長期間(8ヶ月以上)にわたる観察でも、構造と機能が安定していることが確認されています。
この研究は、大型モデル動物において有効であった遺伝子治療法が、将来的にヒトの臨床応用にも展開できる可能性を示しています。このように、病理組織検査は単に疾患の診断だけでなく、新しい治療法の開発や評価にも重要な役割を果たしているのです。
病理組織検査は、犬の様々な疾患の診断において非常に重要な役割を果たしています。特に腫瘍性疾患の場合、その性質や悪性度を正確に評価するためには欠かせない検査です。また、近年では遺伝子検査との組み合わせや、新しい治療法の開発・評価にも活用されています。
獣医療の現場では、犬の状態や疾患の種類、緊急性などを考慮して、最適な検査方法を選択することが重要です。飼い主の方々も、愛犬の健康を守るために、病理検査の意義や方法について理解を深めておくことが大切です。
犬の健康に異変を感じたら、早めに獣医師に相談し、必要に応じて適切な検査を受けることをお勧めします。早期発見・早期治療が、愛犬の健康と幸せな生活を守る鍵となります。