カニコーラと犬のレプトスピラ症
カニコーラとは?犬に感染する危険な細菌の特徴
カニコーラとは正式には「レプトスピラ・カニコーラ(L.カニコーラ)」と呼ばれる病原性のレプトスピラ菌の一種です。レプトスピラは千分の一ミリ単位の細菌で、顕微鏡で観察すると細いラセン状の形態をしており、活発に回転運動するのが特徴です。このらせん状の細菌は地球上に広く分布し、250種類以上の血清型に分類されています。
カニコーラ型は特に犬との関連が強く、犬がこの菌の自然宿主となっています。犬の体内に侵入したカニコーラは、主に血液中で増殖し、様々な臓器に障害を与えます。特に胃腸管や肝臓、腎臓への影響が大きいのが特徴です。
日本国内では、カニコーラの他にもイクテロヘモラジー、コペンハーゲニー、ヘブドマディス、オータムナリス、オーストラリス、ポモナ、グリッポチフォーサなどのレプトスピラ型が検出されています。これらの菌は、犬だけでなく多くの哺乳類に感染するため、人獣共通感染症(ズーノーシス)として公衆衛生上も重要な病原体とされています。
レプトスピラは湿った環境を好み、特に水たまりや河川など水辺の土壌に長期間生存できるため、梅雨の時期や洪水後の環境では感染リスクが高まります。2016年に沖縄、2017年には大阪で集団感染が確認されているなど、依然として注意が必要な感染症です。
カニコーラ感染で起こる犬の症状と致死率
カニコーラ型レプトスピラに犬が感染すると、一般的に「出血型」と呼ばれる症状を示します。これは俗に「犬のチフス」とも呼ばれる重篤な状態です。感染後の症状発現は比較的急速で、以下のような特徴的な症状が現れます。
- 1~2日間の急な発熱
- 元気消失と重度の倦怠感
- 食欲の著しい減退
- 激しい嘔吐と吐血
- 血の混じった下痢(出血性胃腸炎)
これらの症状は急速に進行し、治療が遅れると死に至る危険性が非常に高まります。国立感染症研究所の調査によれば、レプトスピラ症の犬の致死率は53%にも上ります。特に「甚急性型」と呼ばれる最も進行の早いタイプでは、発症から36時間~4日ほどという短期間で死亡することもあります。
2017年に大阪で発生した集団感染では、11頭中9頭が死亡したという報告もあり、その危険性が裏付けられています。カニコーラ型の場合、特に胃腸管からの出血が特徴的で、黒色タール状の便や鮮血便が見られることが多いです。
また、感染しても必ずしも重篤な症状を示すとは限らず、「不顕性型」と呼ばれる無症状感染の形態も存在します。この場合、犬の体内では抗体ができて自然治癒するものの、腎臓などの臓器に菌が潜伏し、尿中に菌を排出し続けることがあります。これが他の犬や人間への新たな感染源となる可能性があるため、無症状であっても注意が必要です。
カニコーラから犬を守るワクチン接種の重要性
犬をカニコーラ感染から守るための最も効果的な方法は、適切なワクチン接種です。レプトスピラに対するワクチンは、通常の犬の混合ワクチンの中に含まれていることが多く、「7種」や「8種」などの表記で区別されます。
レプトスピラのワクチンには、含まれる血清型によって以下のような種類があります。
- 2種ワクチン:カニコーラ+イクテロヘモラジー
- 4種ワクチン:カニコーラ+イクテロヘモラジー+グリッポチフォーサ+ポモナ
重要なのは、レプトスピラのワクチンは、初回接種の場合必ず3~4週間の間隔を空けて2回接種する必要があることです。1回だけの接種では十分な免疫が得られず、最長でも半年しか効果が持続しないとされています。また、その後も年1回の追加接種が推奨されています。
近年の研究では、特に日本国内においても、グリポティフォーサやポモナなどの血清型が増加傾向にあり、大阪の調査では浮浪犬の約35%がこれらの抗体を保有しているという報告もあります。そのため、従来の2種(カニコーラ+イクテロヘモラジー)だけでなく、4種を含むワクチンの接種が推奨されるようになっています。
特に以下のような環境にいる犬には、レプトスピラを含むワクチン接種が強く推奨されます。
- 県外へよく旅行に行く犬
- 川や湖などの水辺で泳がせることが多い犬
- ドッグランなど多くの犬と接触する機会がある犬
- 多頭飼育を行っている環境の犬
適切なワクチン接種を行うことで、この致死率の高い感染症から愛犬を守ることができます。ただし、ワクチンの種類や接種スケジュールについては、動物病院の獣医師に相談し、最適なプランを立てることが大切です。
カニコーラ以外のレプトスピラ血清型と犬への影響
カニコーラは犬に感染するレプトスピラの主要な血清型の一つですが、他にも多くの血清型が存在し、それぞれ異なる症状や影響をもたらします。日本国内で犬から検出された主なレプトスピラ血清型には以下のようなものがあります。
- イクテロヘモラジー型:主に「黄疸型」と呼ばれる症状を引き起こし、元気消失、食欲減退、嘔吐、下痢に加え、赤血球が破壊されることによる黄疸(粘膜が黄色くなる)や血色素尿(赤い尿)が特徴的です。
- コペンハーゲニー型
- ヘブドマディス型
- オータムナリス型
- オーストラリス型
- ポモナ型
- グリッポチフォーサ型
これらの血清型の中でも、特にイクテロヘモラジー型はカニコーラ型と並んで犬に重篤な症状を引き起こしやすく、死亡率も高いとされています。また、イクテロヘモラジー型は人間に感染するとワイル病という重篤な黄疸出血症を引き起こすことで知られています。
興味深いのは、レプトスピラのワクチン接種において、血清型の交差防御効果が限られていることです。例えば、カニコーラとイクテロヘモラジーのワクチンを接種しても、ヘブドマディスが流行している地域では防御効果が不十分であるという報告があります。そのため、各地域の流行状況に合わせたワクチン選択が重要になります。
近年の傾向として、特に大阪などの都市部ではグリポティフォーサやポモナの抗体陽性率が高まっており、これらの血清型は犬では無症候型で経過することが多いため、気づかないうちに人への感染源になるリスクも指摘されています。このような背景から、特に都市部では4種(カニコーラ、イクテロヘモラジー、グリッポチフォーサ、ポモナ)を含むワクチン接種が推奨されるようになっています。
カニコーラの感染予防に効果的な日常管理と対策
ワクチン接種に加えて、日常的な予防対策を行うことでカニコーラを含むレプトスピラ感染のリスクを大幅に減らすことができます。以下に効果的な予防策をご紹介します。
- 水たまりや自然の水源への接触制限
- 散歩中の水たまりの水を飲ませない
- 大雨や洪水の後は特に注意が必要
- 河川や湖での水遊びは流行地域では避ける
- 他の犬の尿との接触を避ける
- 他の犬のおしっこを舐めさせない
- 電柱にかかった他の犬の尿の匂いを嗅がせない
- ドッグランなど多くの犬が集まる場所では特に注意が必要
- 衛生管理の徹底
- 犬の生活環境を清潔に保つ
- 複数頭飼育の場合は特に注意が必要
- 感染が疑われる犬がいる場合は隔離する
- 特に注意すべき時期と場所
- 梅雨や台風シーズンなど湿度の高い時期
- 洪水や土砂災害後の地域
- ネズミなどの野生動物が多く生息する地域
- 感染後の継続的管理
- レプトスピラ症から回復した犬でも、腎臓などに菌が潜伏し、尿中に排菌し続けることがある
- 中には生涯排菌を続ける場合もあり、他の犬や人間への感染源となり得る
これらの予防策は特別な道具や専門知識がなくても実践できるもので、「ちょっとしたしつけ」で致死的な病気を回避することが可能です。特に子犬や高齢犬、免疫力の低下した犬は感染リスクが高いため、より一層の注意が必要です。
近年、日本国内でも2016年に沖縄、2017年に大阪で集団感染が確認されるなど、都市部でも感染リスクが高まっています。特に台風や大雨による浸水被害があった地域では、水や土壌が感染源となる可能性が高まるため、災害後の散歩コースの選定には十分な注意が必要です。
また、カニコーラ型に限らずレプトスピラ感染症は人獣共通感染症であるため、犬が感染した場合は飼い主自身の健康にも注意を払う必要があります。特に感染が疑われる犬の尿の処理には注意し、直接触れる際には手袋を使用するなどの対策が推奨されています。
カニコーラ感染時の治療法と回復見込み
カニコーラを含むレプトスピラ感染が確認された場合、早期の適切な治療が生存率を大きく左右します。レプトスピラ症の治療は主に以下のアプローチで行われます。
1. 抗生物質療法
レプトスピラは細菌であるため、抗生物質による治療が基本となります。一般的にはペニシリン系やテトラサイクリン系の抗生物質が使用されます。早期に適切な抗生物質治療を開始することで、菌の増殖を抑制し、症状の悪化を防ぐことができます。
2. 支持療法
感染により生じた症状に対する対症療法も重要です。
- 激しい嘔吐や下痢による脱水に対する輸液療法
- 赤血球破壊が進んだ場合の輸血
- 肝臓や腎臓への障害に対する対症療法
- 栄養サポート
3. 集中治療
重症例の場合は24時間体制の集中治療が必要となることがあります。特に出血性胃腸炎や腎不全、肝不全といった合併症がある場合は、高度な医療設備を持つ動物病院での治療が望ましいでしょう。
治療の見通し
レプトスピラ症の治療結果は、発症からの経過時間と症状の重症度に大きく依存します。早期発見・早期治療が行われた場合、回復の見込みは大幅に向上します。しかし、治療が遅れると死亡率が高くなり、特に甚急性型では36時間~4日で死亡することもあります。
また、一度感染すると完全に菌が排除されるとは限らず、特に腎臓などの臓器に菌が潜伏して慢性的なキャリア(保菌者)状態になることがあります。この場合、臨床症状は回復しても尿中に菌を排出し続け、他の犬や人への感染源となる可能性があります。中には生涯排菌を続ける個体もいるため、過去に感染した犬の尿の取り扱いには注意が必要です。
診断の重要性
適切な治療のためには正確な診断が不可欠です。レプトスピラ症は血液中や尿中の菌の検出、または特異的な抗体検査によって診断されます。しかし、症状がインフルエンザや熱中症、他の胃腸炎と類似しているため、誤診されやすい側面もあります。そのため、水たまりや河川の水との接触歴など、詳細な問診情報が診断の助けになることがあります。