ケンネルコフとは伝染性気管気管支炎の基礎知識
ケンネルコフの病気の定義と特徴
ケンネルコフとは、犬伝染性気管気管支炎の通称で、「犬の風邪」とも呼ばれる伝染性の呼吸器疾患です。ケンネル(kennel)は「犬舎」「犬小屋」を意味し、コフ(cough)は英語の「咳」を指すため、文字通り「犬舎で発生する咳」という意味になります。
この病気は単一の病原体によるものではなく、複数のウイルスや細菌が組み合わさって発症する症候群です。軽症の場合は自然治癒することも多いですが、免疫力の低い子犬では重篤化する可能性があるため注意が必要です。
死亡率は低いものの、非常に高い罹患率を示す疾患で、特に多頭飼育環境のペットショップやブリーダーなどで感染が拡大しやすい特徴があります。
ケンネルコフの感染経路と発症メカニズム
ケンネルコフの感染は主に飛沫感染によって起こります。感染している犬の鼻汁やくしゃみ、咳によって病原体が空気中に飛散し、他の犬が吸い込むことで感染が成立します。直接接触による感染も報告されています。
感染から症状が現れるまでの潜伏期間は3~10日程度です。感染後すぐに発症するのではなく、特に以下のような状況でストレスを受けた際に発症しやすくなります:
- 家に迎え入れてから1週間以内
- ペットホテルに預けた後の環境変化
- 極端な温度変化や湿度変化
- 他の犬との接触機会が多い環境
興味深いことに、ケンネルコフの病原体は健康な成犬でも保菌していることがあり、無症状のキャリアとして他の犬に感染させる可能性があります。これが多頭飼育環境での感染拡大を助長する一因となっています。
ケンネルコフの原因となる病原体の種類
ケンネルコフを引き起こす病原体は多岐にわたり、以下のようなものが関与しています:
ウイルス性病原体:
- 犬パラインフルエンザウイルス – 最も一般的な原因の一つ
- 犬アデノウイルス1型・2型 – 混合ワクチンに含まれる
- 犬ジステンパーウイルス
- 犬ヘルペスウイルス
- 犬呼吸器コロナウイルス
- 犬ニューモウイルス
細菌性病原体:
- ボルデテラ(気管支敗血症菌) – Bordetella bronchiseptica
- マイコプラズマ – 治療に特殊な抗生剤が必要
これらの病原体が単独で感染した場合は症状が軽度ですが、複数が組み合わさって混合感染すると症状が重度になる傾向があります。特に免疫力の低い子犬では、複数の病原体が同時に感染することで肺炎などの合併症を引き起こすリスクが高まります。
ケンネルコフの具体的な症状と病気の進行パターン
ケンネルコフの最も特徴的な症状は乾燥した咳(ケッケッという音)です。この咳は以下のような特徴を示します:
初期症状:
- 乾いた咳が1日数回出る
- 透明から黄色の鼻水
- 連続するくしゃみ
- 軽度の目やに
症状の悪化要因:
- 興奮時や運動後
- 気管や喉への圧迫
- 気温の急激な変化
進行時の症状変化:
軽症であれば食欲も通常と変わらず、咳だけが見られることが多いです。しかし進行すると、気管内に分泌物が増加し、ゼーゼーという湿った咳に変化します。
重症化した場合:
症状の持続期間は、合併症がなければ数日から2週間程度で改善しますが、免疫力の低い子犬や治療が遅れた場合は死に至ることもある深刻な疾患です。
ケンネルコフの診断方法と検査の進め方
ケンネルコフの診断は主に問診と身体検査によって行われます。獣医師は以下の項目を総合的に評価して診断を下します:
基本的な診断項目:
- 犬の年齢と飼育環境の確認
- ワクチン接種履歴の調査
- 症状の詳細な問診
- 聴診による肺音の確認
- カフテスト(気管を外側から触って咳が出るかの確認)
詳細検査が必要な場合:
症状が重度または長期にわたる場合は、以下の検査を実施します:
- 胸部X線検査(レントゲン) – 肺炎の併発確認
- 血液検査 – 全身状態の把握
- PCR検査 – 病原体の特定
- 気管支洗浄検査 – 詳細な病原体同定
診断の重要ポイント:
上部気道感染のため、胸部X線検査で肺に異常が認められないことも多くありますが、肺炎を併発していないかどうかの確認が診断において最も重要なポイントとなります。
興味深いことに、ケンネルコフの診断において聴診で異常音がなくても肺炎を併発している可能性があるため、疑わしい場合は積極的にレントゲン撮影を行うことが推奨されています。
ケンネルコフの治療法と回復までの経過
ケンネルコフの治療は対症療法が中心となり、多くの場合は1~2週間程度で回復します。治療方針は症状の重症度によって決定されます。
軽症の場合:
軽症であれば自然治癒することも多く、適切な温度と湿度の環境下で安静にすることで7~10日以内に改善するとされています。しかし、投薬治療を行った方が症状は早期に改善される傾向があります。
一般的な治療薬:
- 抗菌薬(抗生剤) – 二次感染予防と重症化予防
- 気管支拡張剤 – 気道の拡張
- 去痰薬 – 痰の排出促進
- 鎮咳薬 – 乾性発咳時のみ使用
- 消炎剤 – 炎症の軽減
特殊な治療法:
- ネブライゼーション(吸入療法) – 霧状の薬剤を直接気管や肺に送り込む治療
- 密閉された部屋で薬剤を霧化して吸入させる効果的な方法
入院治療が必要な場合:
- 食欲がなく嘔吐している状態
- 肺炎を併発している場合
- 酸素濃度の高い入院室での管理
- 注射による投薬が必要
治療後の注意点:
回復してからも1~2週間はウイルスを排出することがあるため、免疫力の弱い子犬や老犬との接触は避ける必要があります。