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肝性脳症犬の症状と治療方法を獣医師解説

肝性脳症犬の症状と治療方法

肝性脳症の基本情報
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病気の概要

肝臓の機能低下により毒素が脳に達し神経症状を引き起こす疾患

⚠️

主な症状

性格変化、歩行異常、けいれん、意識障害など

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治療の重要性

急性期は命に関わる緊急事態、早期治療が生死を分ける

肝性脳症犬の基本的な症状と原因

肝性脳症は犬の肝臓疾患の中でも特に深刻な病気です。肝臓の重要な機能である解毒作用が働かなくなることで、本来処理されるべきアンモニアなどの毒素が血液を通じて脳に到達し、様々な神経症状を引き起こします。
主な症状として以下が挙げられます:

  • 神経症状
  • 性格の変化(攻撃的になる、無関心になる)
  • 体の震え(震戦)
  • 旋回運動(同じ方向に円を描くように回る)
  • 歩行異常(ふらつき、立てない)
  • けいれん発作
  • 意識障害(ぼーっとする、反応が鈍い)
  • 行動の変化
  • 食欲不振
  • ぐったりしている
  • 頭を壁に押し付ける行動(ヘッドプレッシング)
  • 無目的に歩き回る
  • 流涎(よだれが増える)
  • 全身症状
  • 多飲多尿
  • 嘔吐
  • 黄疸(皮膚や目が黄色くなる)
  • 呼吸異常

肝性脳症の原因となる疾患は多岐にわたります。最も一般的なものは肝硬変や急性肝炎などの肝疾患ですが、門脈体循環シャント(生まれつき血管の接続に異常がある病気)も重要な原因の一つです。
発症に関与する毒性物質:

  • アンモニア(最も重要)
  • メルカプタン
  • 短鎖脂肪酸
  • スカトール
  • インドール
  • 芳香族アミノ酸

これらの物質が蓄積することで、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れ、様々な神経症状が現れます。特にアンモニアは、通常は肝臓で尿素に変換されて無害化されますが、肝機能が低下するとこの処理ができなくなります。

肝性脳症犬の診断方法と検査

肝性脳症の診断は、臨床症状と各種検査結果を総合的に評価して行います。単一の検査では確定診断できないため、複数の検査を組み合わせることが重要です。
血液検査による診断:

  • アンモニア測定
  • 食前・食後のアンモニア値を測定
  • 正常値を大幅に上回る場合は肝性脳症を強く疑う
  • 測定タイミングが重要(食後の方が高値になる)
  • 総胆汁酸(TBA)測定
  • 肝機能の評価に有用
  • 食前・食後で測定し、肝臓での処理能力を評価
  • 肝酵素の測定
  • ALT、AST、ALP、GGTなどの肝酵素
  • 肝細胞の損傷程度を評価
  • その他の血液検査項目
  • 総蛋白、アルブミン(肝臓での蛋白合成能力)
  • 血糖値(肝性脳症では低血糖を併発することがある)
  • 凝固検査(肝機能低下により凝固能力が低下)

画像診断:

  • 腹部エコー検査
  • 肝臓の形態、大きさ、内部構造を評価
  • 門脈シャントの有無を確認
  • 胆嚢や胆管の状態も同時に評価
  • レントゲン検査
  • 肝臓の大きさや形を確認
  • 腹水の有無をチェック
  • CT検査
  • より詳細な肝臓の構造評価
  • 血管の走行異常の確認

尿検査:

  • 尿中のアンモニア代謝産物を測定
  • 腎機能の評価も同時に行う

肝性脳症は病状の進行度によってグレード分類されます。
グレードⅠ: 軽度の運動失調、軽度の無関心
グレードⅡ: 間欠的食欲不振、嘔吐、流涎、重度の無関心、中程度の運動失調
グレードⅢ: 食欲不振、ヘッドプレス、一時的失明、無目的歩行、重度の運動失調
グレードⅣ: けいれん発作、昏迷、昏睡
このグレード分類により、治療方針や予後の判定を行います。

肝性脳症犬の急性期治療方法

急性肝性脳症は動物医療における真の緊急事態です。命に関わる状況であり、迅速かつ集中的な治療が必要となります。
急性期治療の基本方針:

  • 脳圧降下処置
  • 高アンモニア血症による脳浮腫を軽減
  • マンニトール 0.5~1.0g/kg を10~20分かけて点滴
  • グリセオール 5~10ml/kg を2~3時間かけて点滴
  • 頭部を30度程度傾けて寝かせる体位管理
  • 輸液療法
  • 脱水の補正と電解質バランスの調整
  • 低血糖の場合はブドウ糖の補給
  • 肝機能をサポートするアミノ酸点滴
  • アンモニア低下治療
  • 絶飲絶食により腸管からのアンモニア産生を停止
  • 定期的な洗浄浣腸で腸内の毒素を除去
  • ラクツロースによる腸内環境の改善

洗浄浣腸の手順:

  1. ラクツロース:水=3:7の溶液を作成
  2. ラクツロースとして1~2ml/kg を注腸
  3. 数分後に排便させる
  4. 必要に応じて数回繰り返す
  • 薬物療法
  • ベンゾジアゼピン拮抗薬(フルマゼニル)の投与
  • 抗生剤によるアンモニア産生菌の抑制
  • 制酸剤による胃腸粘膜保護
  • 合併症への対応
  • 低体温への対処(保温、温輸液)
  • 凝固異常やDICの監視と治療
  • 多臓器不全の予防

集中管理のポイント:
急性期の犬は24時間体制での監視が必要です。意識レベル、呼吸状態、体温、血圧、心拍数などのバイタルサインを常時モニタリングし、状態の変化に応じて治療内容を調整します。
血液検査も頻繁に行い、アンモニア値、血糖値、電解質、酸塩基平衡、凝固能などを監視します。特にアンモニア値の推移は治療効果の判定に重要な指標となります。
急性肝性脳症の予後は原因疾患や発見の早さに大きく左右されます。集中的な治療を行っても助からないケースも多く、飼い主への十分な説明と心構えが必要です。

肝性脳症犬の慢性期治療と食事療法

慢性肝性脳症の治療は、急性期のような緊急性はありませんが、長期的な管理が重要になります。治療の目標は症状の安定化と急性憎悪の予防です。
慢性期治療の基本方針:

  • アンモニア低下療法
  • ラクツロースの継続投与
  • 用量:1ml/kg を1日2~3回
  • 軟便になる程度まで調整
  • 腸内pHを酸性化しアンモニア吸収を抑制
  • 食事療法の重要性

蛋白質制限の原則:

  • 肝性脳症の症状がある場合は蛋白質を制限
  • 市販の肝疾患用療法食を使用
  • 蛋白質含量:乾物中18~22%程度
  • 良質な蛋白質(卵、鶏肉など)を選択

炭水化物の増量:

  • 蛋白質制限分のカロリーを炭水化物で補う
  • 消化しやすい米やポテトを中心に
  • 血糖値の安定化にも寄与

脂肪の調整:

  • 中鎖脂肪酸(MCT)の活用
  • 肝臓に負担をかけない脂質を選択
  • オメガ3脂肪酸による抗炎症効果
  • 栄養補助療法

経口BCAA製剤:

  • 分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)
  • アミノ酸バランスの改善
  • BTR(分岐鎖アミノ酸/芳香族アミノ酸比)を指標に用量調整

ビタミン・ミネラル補給:

  • ビタミンB群(特にチアミン、葉酸)
  • 亜鉛、セレンなどの微量元素
  • 抗酸化物質(ビタミンE、C)
  • 薬物療法

抗生剤の使用:

  • アンモニア産生菌の抑制
  • ネオマイシン、メトロニダゾールなど
  • 長期使用時は副作用に注意

肝庇護剤:

  • ウルソデオキシコール酸
  • S-アデノシルメチオニン
  • シリマリンなどの植物エキス

定期的なモニタリング:
慢性期の管理では定期的な検査が欠かせません。

  • 血液検査(月1~2回)
  • アンモニア値
  • 肝酵素
  • 総蛋白、アルブミン
  • BTR(BCAA/AAA比)
  • 体重・体調管理
  • 週1回の体重測定
  • 食欲、元気度の評価
  • 神経症状の有無
  • 食事内容の調整
  • 症状に応じた蛋白質量の調整
  • 嗜好性の維持
  • 栄養状態の評価

慢性期の食事療法では、蛋白質制限と栄養バランスの両立が重要な課題となります。過度の制限は筋肉量の減少や免疫力の低下を招く可能性があるため、獣医師と栄養士による綿密な管理が必要です。

肝性脳症犬の予防と早期発見のポイント

肝性脳症の予防は、原因となる肝疾患の早期発見と適切な管理から始まります。特に高齢犬や肝疾患のリスクが高い犬種では、定期的な健康チェックが重要です。
予防のための基本管理:

  • 体重管理の重要性
  • 肥満は肝疾患のリスクファクター
  • 理想体重の維持(BCS 3/5程度)
  • 定期的な体重測定と記録
  • 食事管理
  • 高品質で消化しやすい食事
  • 適量給与(過食の防止)
  • 人間の食べ物やおやつの制限
  • 新鮮な水の常時提供
  • 毒物への暴露防止
  • 有毒植物の除去
  • 化学薬品の適切な保管
  • 薬物の誤飲防止
  • 汚染された水の摂取防止

高リスク犬種の注意点:
一部の犬種では遺伝的に肝疾患を発症しやすい傾向があります。

  • ダルメシアン
  • 尿酸代謝異常による肝障害のリスク
  • 低プリン食の検討
  • シーズー
  • 肝疾患の発症率が高い
  • 若齢からの定期検査が重要
  • ベドリントン・テリア
  • 銅蓄積症のリスク
  • 銅制限食の必要性
  • コッカー・スパニエル
  • 慢性肝炎の好発犬種
  • 定期的な肝機能検査

早期発見のための観察ポイント:
飼い主が日常的に観察すべき症状。

  • 初期症状
  • 食欲の変化(食べムラ、食欲不振)
  • 元気の低下
  • 多飲多尿
  • 嘔吐の頻度増加
  • 中期症状
  • 軽度の歩行異常
  • 性格の微細な変化
  • よだれの増加
  • 体重減少
  • 要注意症状
  • 明らかな歩行異常
  • 旋回運動
  • 頭を壁に押し付ける
  • 意識がぼんやりする

定期健康診断の重要性:

  • 年齢別検査頻度
  • 若齢犬(1~6歳):年1回
  • 中高齢犬(7~10歳):年2回
  • 高齢犬(11歳以上):年3~4回
  • 必須検査項目
  • 血液生化学検査(肝酵素、総蛋白、アルブミン)
  • 総胆汁酸測定
  • 腹部エコー検査
  • 尿検査

家庭でできる健康チェック:
日常的に行える簡単なチェック項目。

  • 毎日の観察
  • 食欲と食事量
  • 水の摂取量
  • 排尿・排便の状態
  • 元気度と活動性
  • 週単位での確認
  • 体重測定
  • 歩き方の確認
  • 反応速度のチェック
  • 睡眠パターンの変化
  • 月単位での評価
  • 全体的な体調の変化
  • 性格や行動の変化
  • 被毛や皮膚の状態

早期発見により適切な治療を開始できれば、肝性脳症の発症を予防したり、症状を軽減したりすることが可能です。飼い主の日常的な観察と定期的な獣医師による健康チェックが、愛犬の健康維持に最も重要な要素となります。
肝性脳症は確かに深刻な病気ですが、適切な知識と管理により、多くのケースで良好な生活品質を維持することができます。愛犬の小さな変化も見逃さず、早期対応を心がけることが何より大切です。