眼瞼内反症犬の症状と治療方法
眼瞼内反症犬の基本症状と発症メカニズム
眼瞼内反症は、犬のまぶた(眼瞼)が内側に巻き込まれ、まつ毛や被毛が角膜や結膜を慢性的に刺激する病気です。下眼瞼に発症することが多いものの、重症例では上下の眼瞼に同時に起こることもあります。
主要な臨床症状:
- 過剰な流涙と涙やけ
- 羞明(まぶしそうにする)
- 眼瞼痙攣とまばたきの増加
- 目脂の増加
- 結膜充血
- 表層性角膜炎による角膜血管新生
- 角膜の白濁や色素沈着
発症メカニズムは複合的で、先天的要因が最も多く、特定犬種での遺伝的素因が明らかになっています。トイプードル、シーズー、パグ、ペキニーズなどの短頭種や、ラブラドールレトリーバー、ゴールデンレトリーバーなどの大型犬でも好発します。
症状の進行段階では、初期の軽微な刺激症状から始まり、慢性化すると角膜潰瘍、ブドウ膜炎へと進展し、最終的には角膜穿孔による失明リスクを伴います。特に若齢犬では成長とともに症状が変化する可能性があり、継続的な観察が必要です。
眼瞼内反症犬の診断方法と検査手順
眼瞼内反症の診断は、まず視診によるまぶたの位置関係の詳細な観察から始まります。まぶたの縁が眼球側に巻き込まれていることを確認し、内反の程度と範囲を評価します。
必須検査項目:
フルオレセイン検査 🔬
角膜表面の損傷を検出する最も重要な検査です。蛍光色素を含むフルオレセイン試験紙を眼球に軽く接触させ、角膜上皮欠損部位を緑色に染色して可視化します。損傷の位置、範囲、深度を正確に評価できます。
細隙灯顕微鏡検査(スリットランプ検査)
スリット状の光束を眼球に照射し、前眼部の詳細な観察を行います。角膜の微細な傷、浮腫、血管新生、前房内の炎症細胞などを検出できる精密検査です。
シルマーティアテスト
涙液分泌量を定量的に測定します。眼瞼内反症による慢性刺激でドライアイが併発している場合があり、治療方針決定に重要な情報を提供します。
細胞診検査
目脂や結膜擦過物の細胞学的検査により、細菌感染や炎症の性質を評価します。二次感染の有無や炎症の程度を把握し、適切な薬物療法選択に活用します。
診断時には、他の眼疾患との鑑別も重要で、特に逆さまつ毛(睫毛乱生)、眼瞼外反症、マイボーム腺機能不全などとの区別が必要です。
眼瞼内反症犬の保存的治療と薬物療法
軽度の眼瞼内反症や外科手術が困難な症例では、保存的治療が第一選択となります。治療の基本方針は、眼球への機械的刺激を軽減し、炎症を抑制することです。
点眼麻酔薬による治療
軽度の内反症では、点眼麻酔薬の使用により眼瞼痙攣が緩和され、一時的に内反が改善することがあります。ただし、これは対症療法であり、根本的な解決にはなりません。
まつ毛の定期的除去 ✂️
眼球に接触するまつ毛を鉗子で定期的に抜去する処置です。2-3週間間隔での処置が必要で、毛根を完全に除去するため、電気分解や冷凍療法を併用する場合もあります。
薬物療法の詳細:
- 抗炎症点眼薬: ステロイド系(プレドニゾロン、デキサメタゾン)または非ステロイド系(ジクロフェナク)を症状に応じて選択
- 抗菌点眼薬: 二次感染予防または治療のため、フルオロキノロン系やアミノグリコシド系を使用
- 人工涙液: ドライアイ併発例では、ヒアルロン酸ナトリウム含有製剤で涙液補充
- 眼軟膏: 就寝前に抗菌作用のある眼軟膏を塗布し、夜間の刺激を軽減
保存的治療は継続的な管理が必要で、症状の改善が見られない場合や悪化傾向にある場合は、速やかに外科的治療への移行を検討する必要があります。
眼瞼内反症犬の外科手術と術式選択
重度の眼瞼内反症や保存的治療で改善しない症例では、外科手術が必要になります。手術の目的は、内反したまぶたを正常な解剖学的位置に戻し、まつ毛や被毛による眼球刺激を根本的に解除することです。
Hotz-Celsus変法(ホッツ・ケルスス変法) 🏥
最も一般的に施行される術式で、内反している下眼瞼の皮膚を楕円形に切除し、縫合により正常な位置に矯正します。切除範囲は内反の程度に応じて調整し、過矯正や矯正不足を避けるため、術前の詳細な計画が重要です。
一時的眼瞼固定術(テンポラリー・タッキング)
若齢犬(生後8-12ヶ月未満)に対して行われる低侵襲手術です。外科用ステープルや縫合糸を用いて下眼瞼を一時的に外側に固定し、成長とともに自然治癒を期待します。成犬まで内反が持続する場合は、根治的手術を検討します。
手術適応の判断基準:
- 角膜潰瘍の存在
- 保存的治療で3-4週間改善しない症例
- 慢性角膜炎による視覚障害
- 飼い主の生活の質への著明な影響
術後管理のポイント:
手術後は2-3週間のエリザベスカラー装着が必須で、縫合部の安静を保ちます。抗菌・抗炎症点眼薬を継続使用し、7-10日後に抜糸を行います。術後の腫脹は徐々に軽減し、最終的な手術結果の評価は術後1-2ヶ月後に行います。
再発率は適切な術式選択と技術により5%以下に抑えることが可能ですが、過矯正による眼瞼外反症のリスクもあり、慎重な手術計画が求められます。
眼瞼内反症犬の予後管理と合併症予防
眼瞼内反症の治療成功には、適切な予後管理と長期的な合併症予防が不可欠です。特に慢性化した症例では、治療後も継続的な眼科ケアが必要になります。
ドライアイ症候群の管理 💧
慢性的な角膜刺激により、マイボーム腺機能不全やゴブレット細胞減少によるドライアイが併発することがあります。シルマーティアテストでの定期的な涙液分泌量測定と、必要に応じた人工涙液の長期投与が重要です。重症例では、涙点プラグや結膜被覆術などの外科的涙液保持療法も検討します。
角膜色素沈着の進行抑制
慢性炎症により角膜に黒色色素が沈着し、視覚障害を引き起こす場合があります。抗炎症療法の継続と、紫外線暴露の軽減により進行を抑制できます。重度の色素沈着には、表層角膜切除術や角膜移植術が必要になることもあります。
定期検査スケジュール 📅
- 術後1週間: 縫合部チェック、感染兆候の確認
- 術後1ヶ月: 手術効果評価、角膜治癒状況確認
- 術後3ヶ月: 最終的な手術成果判定
- その後6ヶ月毎: 再発チェック、合併症スクリーニング
飼い主指導の重要性
日常的な眼のケア方法、異常時の対応、定期的なトリミングによる眼周囲被毛管理について詳細な指導を行います。特に好発犬種では、遺伝的要因による再発や対側眼への発症リスクについても説明が必要です。
新しい治療アプローチ
近年、ボツリヌス毒素の局所注射による一時的な眼瞼痙攣緩和や、レーザー治療による毛根破壊など、低侵襲治療の研究が進んでいます。これらの治療法は、従来の手術が困難な高齢犬や麻酔リスクの高い症例での選択肢として期待されています。
予後は早期診断・治療により良好ですが、診断の遅れや不適切な治療により視覚障害が残存する場合もあるため、獣医師の専門的判断と継続的なケアが治療成功の鍵となります。