膝蓋骨脱臼の基本知識
膝蓋骨脱臼の症状と初期サイン
膝蓋骨脱臼は、犬の膝関節にある膝蓋骨（膝のお皿）が正常な位置からずれて脱臼する病気です。この疾患は「パテラ」とも呼ばれ、特に小型犬に多く見られる関節疾患の一つです。
愛犬の膝蓋骨脱臼を早期に発見するためには、以下の症状に注意深く観察することが重要です。
- スキップのような歩き方：最も特徴的な症状で、片足を一時的に上げて3本足で歩く様子が見られます
- 間欠的な跛行：常に症状が現れるわけではなく、脱臼した時にのみ歩き方に異常が見られます
- 足を曲げたまま上げている：膝蓋骨が外れた状態で、足を床に着けることができません
- 抱っこ時の痛みの反応：膝関節を触られた際に「キャン」と鳴くなどの痛みの反応を示します
- 散歩を嫌がる：運動時に症状が悪化するため、散歩や運動を避けるようになります
- 段差を避ける：階段や段差の昇降を嫌がるようになります
初期段階では症状が軽微で、飼い主が気づきにくい場合も多いため、定期的な健康チェックでの触診が重要です。特に小型犬を飼っている場合は、日常的に膝蓋骨の位置を確認する習慣をつけることをお勧めします。
膝蓋骨脱臼のグレード分類と重症度
膝蓋骨脱臼の重症度は、医学的に4つのグレードに分類されており、それぞれ異なる治療アプローチが必要となります。
グレード1（軽度）
- 手で押すと膝蓋骨が脱臼するが、手を離すと自動的に元の位置に戻る
- 日常生活への影響は最小限で、症状が見られない場合も多い
- 保存的治療での経過観察が一般的
グレード2（中度）
- 膝の曲げ伸ばしだけで膝蓋骨が脱臼する
- 手で押すと脱臼するが、手を離しても元に戻らない場合がある
- 症状の頻度や程度によって治療方針を決定
グレード3（重度）
- 膝蓋骨が常に脱臼している状態
- 手で押すと一時的に元の位置に戻るが、すぐに再脱臼する
- 外科手術が推奨される段階
グレード4（最重度）
- 膝蓋骨が常に脱臼しており、手で押しても元の位置に戻らない
- 歩行に大きな支障をきたし、関節の変形も進行
- 緊急的な外科治療が必要
興味深いことに、研究データによると手術の成功率はグレードによって大きく異なり、グレード2では100%の良好な結果が報告されている一方、グレード3では11%、グレード4では36%が術後に再発することが明らかになっています。これは、早期発見・早期治療の重要性を示す重要なデータです。
膝蓋骨脱臼の治療方法と手術の選択肢
膝蓋骨脱臼の治療は、グレードと症状の程度に応じて保存療法と外科療法の2つのアプローチから選択されます。
保存療法（非外科的治療）
グレード1で症状が見られない場合や、グレード2でも症状が軽微な場合に適用されます。
- 痛み止めの投与による症状管理
- 体重管理による関節への負担軽減
- 運動制限と適度なリハビリテーション
- 関節サプリメントの使用
ただし、保存療法は根本的な治療ではなく、症状が悪化するリスクもあるため、定期的な経過観察が必要です。
外科療法（手術治療）
グレード2以上で症状が認められる場合、または保存療法で改善が見られない場合に推奨されます。手術では複数の術式を組み合わせて行われます。
- 滑車溝造溝術：大腿骨の滑車溝を深く削り、膝蓋骨が脱臼しにくくする
- 外側関節包縫縮術：関節を包む膜を縫い縮めて膝蓋骨を正常位置に固定
- 脛骨粗面転移術：膝蓋骨を支える靭帯の付着部を移動して脱臼を整復
- 縫工筋転移術：膝蓋骨を内側に引っ張る筋肉を調整
手術は通常5日程度の入院が必要で、術後は適切な痛み管理とリハビリテーションが重要です。当初はケージレストによる安静期間が必須となり、特に脛骨粗面転移術を行った場合は十分な安静期間が必要です。
日本獣医師会による膝蓋骨脱臼の診断ガイドライン
膝蓋骨脱臼の予防法と生活環境の改善
膝蓋骨脱臼の予防には、日常生活での環境改善と適切な健康管理が重要な役割を果たします。
住環境の改善策
- 床材の変更：フローリングから滑りにくいマットやカーペットに変更
- 段差の軽減：階段やソファへの昇降を制限し、スロープやステップを設置
- 滑り止め対策：既存のフローリングに滑り止めワックスやマットを敷設
運動管理のポイント
- 急激な運動の制限：ジャンプや急な方向転換を避ける
- 適度な散歩：関節の可動性維持のための穏やかな運動継続
- 水中運動：関節への負担が少ない理想的な運動方法
体重管理の重要性
肥満は膝蓋骨脱臼の重要な悪化要因となるため、適正体重の維持が不可欠です。
- 定期的な体重測定とボディコンディションスコアの確認
- 獣医師と相談した適切なカロリー摂取量の設定
- 関節に負担をかけない運動プログラムの実施
早期発見のための定期チェック
- 月1回程度の膝蓋骨触診による位置確認
- 歩行パターンの日常的な観察
- 年1回以上の獣医師による整形外科検査
特に小型犬では、生後6ヶ月頃から症状が現れることがあるため、若齢期からの注意深い観察が重要です。
膝蓋骨脱臼になりやすい犬種と遺伝的要因
膝蓋骨脱臼の発症には明確な犬種差があり、遺伝的要因が大きく関与していることが研究で明らかになっています。
内方脱臼の好発犬種（小型犬中心）
- トイ・プードル：最も発症率が高い犬種の一つ
- チワワ：骨格の小ささが発症リスクを高める
- ポメラニアン：遺伝的素因が強く関与
- ヨークシャー・テリア：膝関節の構造的特徴が影響
- フレンチ・ブルドッグ：短足犬種特有のリスク
外方脱臼の好発犬種（大型犬中心）
- グレートデーン：大型犬特有の関節構造が影響
- セントバーナード：体重負荷による関節への負担
- ロットワイラー：筋肉量と骨格のバランス要因
遺伝的要因の詳細分析
最新の研究では、膝蓋骨脱臼の発症に関わる遺伝的要因が以下のように特定されています。
- 大腿骨滑車溝の先天的形成不全：溝が浅いまたは平坦な構造
- 膝関節のアライメント異常：関節の傾きが正常範囲を逸脱
- 発育過程での骨・筋肉発達不全：成長期の不適切な発達
繁殖における注意点
膝蓋骨脱臼は遺伝性が高いため、繁殖を考える際は以下の点に注意が必要です。
- 両親犬の膝蓋骨脱臼の有無と程度の確認
- 過去3世代にわたる家系での発症歴調査
- 繁殖前の整形外科的検査の実施
興味深いことに、初期には片足のみの脱臼であっても、片足をかばう歩き方（モンローウォーク）により、結果として両足が脱臼してしまうケースが多く報告されています。これは、一側性の問題が全身の歩行バランスに影響を与え、対側にも負担をかけるメカニズムによるものです。
小動物整形外科学会による最新研究報告
膝蓋骨脱臼は完治が困難な疾患ですが、適切な予防と早期治療により、愛犬の生活の質を大幅に改善することが可能です。特に好発犬種を飼っている場合は、定期的な獣医師による検査と、日常生活での細やかな観察を心がけることで、愛犬の健康な関節機能を長期間維持することができるでしょう。