蛋白漏出性腸症 犬の症状と治療
蛋白漏出性腸症 犬の基本的症状と危険性
犬の蛋白漏出性腸症は、血液(血漿)中のタンパク質が腸壁から腸管内に異常に漏れ出すことで起こる深刻な疾患です。この病気は単独の疾患ではなく、様々な基礎疾患によって引き起こされる症候群として理解されています。
最も特徴的な症状は慢性的な下痢ですが、注目すべき点は下痢がみられない場合もあることです。その他の典型的な症状として、以下が挙げられます:
- 消化器症状:軟便、嘔吐
- 全身症状:元気消失、食欲不振、体重減少、脱水
- 重篤な症状:腹水、胸水、四肢のむくみ
血液中のアルブミンというタンパク質が減少する低アルブミン血症が進行すると、血液中の水分を血管内に保持できなくなります。その結果、体液が血管外に漏れ出し、腹水や胸水、むくみといった生命に関わる症状が現れることがあります。
蛋白漏出性腸症を引き起こす犬の原因疾患
犬の蛋白漏出性腸症の原因は多岐にわたりますが、大きく分けて腫瘍性と炎症性の2つに分類されます。
主要な原因疾患。
- 腸リンパ管拡張症:最も多い原因の一つ。リンパ管の異常拡張により蛋白質が漏出
- 炎症性腸疾患(IBD):慢性的な腸の炎症が蛋白質の漏出を促進
- 腸管型リンパ腫:消化管に発生する悪性腫瘍
- 重度の感染性胃腸炎:細菌、ウイルス、寄生虫感染による重篤な炎症
年齢による傾向も重要な特徴です。子犬では寄生虫感染や腸重積による場合が多く、成犬では炎症性腸疾患やリンパ腫が主要な原因となります。
好発犬種として、ヨークシャーテリア、バセンジーで発生率が高いという報告があります。また、ジャーマンシェパードやシャーペイは炎症性腸疾患の好発犬種として、ゴールデンレトリーバー、ボクサー、コッカースパニエルはリンパ腫の好発犬種として注意が必要です。
興味深いことに、ソフトコーテッドウィートンテリアという犬種では、蛋白漏出性腸症と蛋白漏出性腎症を同時に発症することが多いという特異な特徴があります。
蛋白漏出性腸症 犬の診断方法と検査プロセス
犬の蛋白漏出性腸症の診断は、複数の検査を組み合わせて他の疾患を除外しながら進められます。
血液検査による評価。
- 低タンパク血症、低アルブミン血症の確認
- リンパ球減少症、低コレステロール血症の検出
- 胆汁酸測定による肝機能評価
尿検査の重要性。
尿タンパク/クレアチニン比の測定により、蛋白漏出性腎症との鑑別を行います。腎臓からの蛋白漏出と腸管からの漏出を区別することは、適切な治療方針の決定に不可欠です。
画像検査の役割。
胸水や腹水の確認、肝疾患やリンパ腫の除外診断に有用です。超音波検査では腸壁の厚さや構造の変化を観察できます。
組織生検による確定診断。
内視鏡検査または開腹手術による腸組織の採取が最終的な診断手段となります。興味深いことに、内視鏡検査前に脂肪を与えることで腸管のリンパ管が明瞭になり、腸リンパ管拡張症の診断が容易になるという技術的工夫があります。
診断プロセスで注意すべき点は、低タンパク血症の場合、全身麻酔のリスクが増加することです。そのため、診断的治療を先行させてから確定診断に進むことも少なくありません。
蛋白漏出性腸症 犬の治療法と食事管理
犬の蛋白漏出性腸症の治療は、原因疾患に応じた包括的なアプローチが必要です。
食事療法の中心的役割。
低脂肪食療法は治療の基盤となります。食事中の脂肪分がリンパ管の拡張を促進するため、極端な脂肪制限が重要です。
- 療法食の選択:市販の低脂肪療法食(消化器サポートなど)
- 手作り食の場合:鶏ささみ、白身魚、カッテージチーズ、馬肉を蛋白源として使用
- 炭水化物源:白米、じゃがいもなどの易消化性食材
- 脂肪の種類:長鎖トリグリセリドを避け、中鎖トリグリセリドを選択
薬物療法。
化学療法。
腸管型リンパ腫が原因の場合、多剤併用化学療法により生存期間の延長が期待できます。
栄養サポート。
ビタミンB12、プロバイオティクス、微量元素の補充が治療効果を高めます。体重減少が著しい場合は、中鎖トリグリセリドの添加による栄養強化も検討されます。
蛋白漏出性腸症 犬の予後と長期管理の秘訣
犬の蛋白漏出性腸症は、原因や病態によって予後が大きく異なる疾患です。完治が困難な場合も多く、生涯にわたる管理が必要になることがあります。
予後に影響する因子。
- 原因疾患の種類:炎症性疾患は比較的良好、リンパ腫は予後不良
- 診断時の重症度:低アルブミン血症の程度
- 治療への反応性:食事療法や薬物療法への応答
長期管理のポイント。
定期的な血液検査によるモニタリングが不可欠です。アルブミン値、総タンパク値の推移を追跡し、治療効果を評価します。
飼い主が注意すべき症状。
- 下痢の悪化や血便の出現
- 腹部の膨満感(腹水の再貯留)
- 呼吸困難(胸水の可能性)
- 四肢のむくみの増悪
予防的観点。
残念ながら確実な予防法は確立されていませんが、定期的な健康診断による早期発見が重要です。特に好発犬種を飼育している場合は、年1~2回の血液検査を推奨します。
また、日常的な観察で「食事量に変化はないのに太ったように見える」場合は腹水の可能性があるため、速やかな受診が必要です。
治療成功のカギは、獣医師との密な連携と飼い主の理解です。病気の複雑さから治療が長期化することを理解し、根気強く治療を継続することが愛犬の生活の質向上につながります。
この疾患は獣医師にとっても「泣かせの病気」と呼ばれるほど治療が困難ですが、適切な管理により症状の改善と生活の質の向上は十分に期待できます。