輸液と犬の治療の基本知識
輸液療法の基本概念と犬への適用
輸液とは、液体の薬剤を少量ずつ犬の体内に投与する治療法で、人間の点滴治療と同様の原理に基づいています。犬の体は人間と同じように、普段の食事や水から水分や栄養を摂取して生命を維持しているため、何らかの原因で水分や栄養が不足した場合には、それらを輸液で補う必要があります。輸液剤には、水分や電解質(ミネラル)、糖分(ブドウ糖)などさまざまな成分を含むものがあり、用途に応じて種類を使い分けます。
動物病院で行われる輸液療法は、人間に行われる点滴と同じように動物の病気やケガの治療に対して広く用いられる方法の一つです。脱水症状を呈した犬に対する処置はもちろん、重篤な症状を呈する犬に対しても行われるもので、珍しい治療方法ではありません。主な目的は脱水状態緩和で、何らかの原因で水分が摂れなかったり、下痢や嘔吐などで体に必要な水分が失われた場合などに行われます。
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輸液が必要となる犬の症状と適応症
輸液が必要となるのは、主に何らかの原因で体が脱水状態になっているときや、自力での水分摂取が難しいとき、出血などが原因で急速に体液を喪失しているとき、手術や検査のために水分摂取ができないときなどです。具体的な症状として、下痢・嘔吐、消化管出血、熱中症、腎臓病、低血圧・ショック状態、手術や検査の前後などが挙げられます。
犬に輸液が必要になる主なタイミングには、ひどい下痢が続いているとき、嘔吐が続いているとき、シニア世代になり食欲が低下しているとき、膀胱炎の症状が重いとき、腎不全の治療などがあります。また、脱水の原因となる症状や疾患には、嘔吐、下痢をおこす疾患や、肝疾患、腎疾患、熱中症、食事や飲水が不十分、糖尿病などのホルモン性疾患などがあります。
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輸液療法の種類と投与方法の特徴
犬の輸液療法には、皮下輸液と静脈輸液の2種類があります。人間の場合、点滴を行える部位は静脈のみですが、皮下組織(皮膚の下)に余裕がある犬は皮下に輸液剤を投与する皮下輸液が可能です。それぞれの輸液療法は、薬液の浸透速度が異なるため使われる場面も異なります。
静脈輸液は、血管(静脈)の中に点滴の針(留置針)を挿入して固定し、そこから輸液剤を入れます。犬や猫では、前肢や後肢の血管、頸静脈などを使用し、自動輸液ポンプなどを用いて投与量や速度を調整しながら輸液剤を体内に流します。メリットは血管にダイレクトに輸液剤を投与できるため、確実に血管内に水分やミネラルを入れることができ、吸収も早く効果も速やかに現れることです。
皮下輸液は、犬の皮下に輸液剤を投与する方法で、肩甲骨の間(両前肢の肩と肩の間)など、皮膚が伸びやすくつまみやすい部分に針を刺します。静脈輸液は入院管理が必要なのに対し、皮下輸液は短時間で行うことができるので通院で行うことができ、場合によっては自宅でも実施することができます。
輸液剤の種類と組成成分
動物医療で使用される輸液剤には主に4つの基本的な種類があります。まず、生理食塩液やリンゲル液などの等張電解質輸液があり、これらは血液とほぼ同じ電解質濃度を持ちます。生理食塩液は0.9%の塩化ナトリウム溶液で、ナトリウムとクロールを同じ濃度で含みます。リンゲル液はナトリウム、クロール、カリウム、カルシウムを含む複合電解質溶液です。
ハルトマン液(乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液)は、生理食塩液やリンゲル液を大量投与した際に起こる代謝性アシドーシスを防ぐために、乳酸や酢酸を加えた輸液剤です。乳酸は肝臓で代謝されてHCO³⁻を生じ、酢酸は筋肉と肝臓で代謝されてHCO³⁻を生じるため、血液の酸性化を防ぐ効果があります。
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5%ブドウ糖液は、ブドウ糖のみが含まれ、浸透圧を血液と同じような値に調整してある輸液剤で、細胞内脱水を改善したいときに細胞内へ水を供給する目的で選択されます。また、コロイド輸液として使用されるヒドロキシエチルデンプン(HES)には、ヘタスターチ、ペンタスターチ、テトラスターチの3種類があり、血清浸透圧を増加または維持することにより効果的な体積拡張剤として機能します。
参考)エイミー・ニューフィールドによる獣医学における輸液療法
輸液療法による効果と期待できるメリット
犬への輸液で期待できる効果としてまず挙げられるのは、水分を補給できることです。下痢や嘔吐で失われた水分や電解質を補うことで、体液のバランスを保つことができます。また、嘔吐や下痢で食事ができない場合は、ビタミンなどの栄養補給になり、シニア犬の食欲不振にも効果的です。
輸液療法の重要なメリットの一つは、絶食時でも胃腸に負担をかけることなく水分と栄養を補給できることです。嘔吐や下痢をしている場合は症状が落ち着くまで絶食を指示されることがありますが、食事で栄養補給ができないと体力が低下してしまうため、輸液が重要な役割を果たします。
効果の発現も早く、薬では効果が出るまでに時間がかかりますが、輸液なら血管や皮下から直接吸収できるため、効果も早く現れます。さらに、病状によっては薬ではなく注射で薬剤を投与しなければならない場合があり、輸液の液剤と一緒に投与が可能であれば、犬の体への負担も軽減できます。