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犬の経皮水分蒸散量測定とバリア機能評価の最新技術

犬の経皮水分蒸散量測定とバリア機能

犬の経皮水分蒸散量測定の基本知識
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経皮水分蒸散量とは

皮膚から蒸散する水分量を示す指標で、バリア機能の評価に使用されます。単位はg/h/m²で表されます。

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測定の意義

皮膚疾患の診断や治療効果の評価に役立ち、特にアトピー性皮膚炎では重要な指標となります。

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測定方法

開放式と閉鎖式の2種類があり、犬の場合は閉鎖式が推奨されています。被毛の影響を受けにくい部位での測定が重要です。

経皮水分蒸散量(Trans Epidermal Water Loss: TEWL)は、皮膚のバリア機能を評価する重要な指標です。犬の皮膚から無意識のうちに蒸散する水分量を測定することで、皮膚の健康状態を非侵襲的に評価できます。この記事では、獣医療現場で活用できる犬の経皮水分蒸散量測定について詳しく解説します。

犬の経皮水分蒸散量の基本概念と測定原理

経皮水分蒸散量(TEWL)とは、体内から無自覚のうちに角層を通じて揮散する水分量のことです。単位面積(m²)あたり、単位時間(h)あたりの水分の重量(g)で表され、一般的にg/h/m²という単位が使用されます。この値が高いほど、皮膚のバリア機能が低下していることを示します。

TEWLの測定原理には大きく分けて「開放式」と「閉鎖式」の2種類があります。

  1. 開放式測定法:
    • 皮膚表面の水分の濃度勾配からFickの法則によってTEWLを計算
    • 二つの湿度センサーが一定の間隔で皮膚表面上に位置する中空の円筒型プローブを使用
    • 環境の影響を受けやすく、わずかな空気の流れでも測定値が変動
  2. 閉鎖式測定法:
    • 皮膚の表面に密閉式のプローブをあて、乾燥した空気や窒素ガスを還流
    • 回収したガスの含有水分量からTEWLを計算
    • 環境の影響を受けにくく、犬の測定に適している

犬の場合、動きが多く被毛の影響もあるため、一般的に閉鎖式測定法が推奨されています。特に犬用に開発されたCC-01などの閉鎖式TEWL測定器は、従来の方法よりも信頼性の高い測定が可能です。

犬の経皮水分蒸散量測定に適した機器と最新技術

犬のTEWL測定に適した機器としては、以下のようなものがあります。

  1. Tewameter® mobile(テヴァメーターモバイル)
    • ドイツCourage+Khazaka社製の携帯型TEWL測定器
    • 開放型方式を採用し、プローブ先端の円筒型チャンバー内部の5段の温湿度センサーで水分蒸散による湿度濃度をモニタリング
    • Robust方式により、動きの大きい小児や動物の計測にも安定測定が可能
    • 世界中の研究で最も広く使用されているTEWL測定器の一つ
  2. 閉鎖式TEWL測定器(CC-01など)
    • 吉原らによって開発された犬専用の閉鎖式TEWL測定器
    • 皮膚からの空気の流れを遮断し、環境の影響を受けにくい
    • 20-26℃の環境温度が最適で、湿度は測定時間に影響するが測定値には影響しない
    • 従来の方法よりも変動が少なく、より信頼性の高い測定が可能
  3. ポータブル水分蒸散計
    • 簡便性に優れた機器だが、計測日により同部位でも相違する値が出ることがある
    • 被毛がTEWLに影響する(攪乱要因)ことが証明されている
    • 精度に疑義が報告されているため、研究目的よりも臨床現場での簡易評価に適している

最新の技術では、AIを活用した測定値の解析や、スマートフォンと連携したアプリケーションによるデータ管理なども開発されています。これにより、経時的な変化の追跡や、治療効果の客観的評価が容易になっています。

犬の経皮水分蒸散量測定の臨床応用とアトピー性皮膚炎診断

TEWLの測定は、特に犬のアトピー性皮膚炎(AD)の診断や治療効果の評価に有用です。研究によると、アトピー性皮膚炎の犬では、健常犬と比較して有意にTEWL値が高いことが示されています。

島田らの研究では、正常犬の皮膚ではTEWLが12.3 g/m²・hrであったのに対し、アトピー性皮膚炎の犬では症状のない皮膚で28 g/m²・hr、病変部の皮膚では94.3 g/m²・hrと、アトピー性皮膚炎ではない犬と比較して統計学的に有意に高値が見られました。

これは人のアトピー性皮膚炎と同様に、犬でも皮膚バリア機能の低下がアトピー性皮膚炎の病態に関与していることを示唆しています。実際、人では生後2日後の乳児を対象にした調査で、経皮水分蒸散量が高い乳児は正常な乳児よりも1歳でアトピーになるリスクが7.1倍だったと報告されています。

臨床応用としては以下のような活用方法があります:

  1. アトピー性皮膚炎の早期発見
    • 症状が現れる前の段階でバリア機能の低下を検出
    • ハイリスク犬種の予防的管理に活用
  2. 治療効果の客観的評価
    • 薬物療法やスキンケアの効果を数値で評価
    • 治療計画の調整に役立てる
  3. 皮膚疾患の鑑別診断
    • 様々な皮膚疾患におけるTEWL値のパターンを比較
    • 診断精度の向上に貢献
  4. 新薬・新治療法の評価
    • 新しい薬剤や治療法の効果を客観的に評価
    • 研究開発への応用

犬の経皮水分蒸散量測定の正確な手順と注意点

犬のTEWL測定を正確に行うためには、以下の手順と注意点を守ることが重要です。

測定前の準備

  1. 測定環境の整備
    • 室温22℃以下の恒温・恒湿・無風条件が理想的
    • 発汗が起こらない環境を維持する
    • エアコンの風が直接当たらないよう注意
  2. 犬の状態確認
    • 興奮状態や運動直後は避ける
    • 測定部位を露出させた状態でしばらく安静にさせる
    • 測定前の薬剤塗布や洗浄は避ける

測定手順

  1. 測定部位の選定
    • 被毛の影響を受けにくい鼠径部などが測定しやすい
    • 必要に応じて被毛を除去する場合は、剃毛による軽度の炎症の影響を考慮
    • 同一個体では常に同じ部位で測定する
  2. 測定の実施
    • プローブを皮膚に垂直に当てる
    • 適切な圧力で一定時間保持
    • 毎秒TEWLをモニタリングし、安定値を採用
  3. データの記録
    • 測定値の変動幅が一定の範囲になったことを確認
    • 複数回測定して平均値を採用
    • 環境条件(温度・湿度)も記録

注意点

  • 測定環境の影響が大きいため、左右の対照的な測定部位を設定し、片側をコントロールとして比較することが望ましい
  • 同一犬でも部位による違いがあるため、部位ごとの基準値を把握しておく
  • 被毛はTEWL測定の攪乱要因となるため、測定方法や解釈に注意が必要
  • 剃毛による微小な炎症がTEWL値に影響する可能性がある
  • 犬種差や個体差も考慮する必要がある

犬の経皮水分蒸散量と角層水分量の関連性評価

犬の皮膚健康を総合的に評価するためには、TEWLだけでなく角層水分量も併せて測定することが重要です。この二つの指標は相互に関連しており、皮膚バリア機能の異なる側面を反映しています。

角層水分量の測定方法

角層の水分含有量を非侵襲的に測定する方法としては、高周波電流を用いた専用デバイスが使用されます。主に以下の3種類があります:

  1. Corneometer(コルネオメーター)
    • 電気容量(キャパシタンス)で測定
    • プローブ接触面積が大きく、特殊形状
    • 皮膚表面から深部の電導度を測定するため測定値が安定
    • 解剖学的部位における測定値の違いをよく反映
  2. Skicon
    • 高周波による電導度(コンダクタンス)で測定
    • 皮膚表面の水分量に過敏に反応
    • 感度は高いが標準偏差が大きい
  3. ASA-MX3(アサヒバイオメド製)
    • 被毛に影響されないよう先端が細いプローブ
    • 低周波と高周波の組み合わせにより表面水分の影響を軽減
    • 有毛部での測定に適している

TEWLと角層水分量の関係

正常な皮膚では、TEWLと角層水分量は概ね反比例の関係にあります。つまり:

  • TEWLが低い(バリア機能が良好)→ 角層水分量が高い(潤いがある)
  • TEWLが高い(バリア機能が低下)→ 角層水分量が低い(乾燥している)

しかし、この関係は常に成り立つわけではありません。例えば:

  • テープストリッピングで角層を剥離すると、TEWLは増加するが、水分含有量の高い角層が現れる
  • 閉塞環境では、TEWLが低下しても角層水分量が増加しない場合がある
  • 一部の皮膚疾患では、TEWLと角層水分量の関係が逆転することがある

臨床的意義

TEWLと角層水分量を併せて評価することで、以下のような臨床的メリットがあります:

  1. より包括的な皮膚バリア機能の評価が可能
  2. 皮膚疾患の病態をより詳細に把握できる
  3. 治療方針の決定に役立つ(保湿重視か、バリア修復重視か)
  4. 治療効果の多角的評価ができる

例えば、シャンプー後は必ず皮膚はカサカサ傾向になるため、TEWLが高くなります。このとき適切な保湿ケアを行うことで、角層水分量を維持し、バリア機能の低下を防ぐことができます。

犬の経皮水分蒸散量測定の獣医療現場での実践的活用法

TEWL測定は研究だけでなく、日常の獣医療現場でも様々な形で活用できます。以下に実践的な活用法をご紹介します。

1. 予防医療への応用

  • アトピー性皮膚炎のハイリスク犬種(ウェスト・ハイランド・ホワイト・テリア、フレンチ・ブルドッグなど)の子犬期からのスクリーニング
  • バリア機能低下の早期発見による予防的スキンケアの導入
  • 飼い主への適切なスキンケア指導の根拠として活用

2. 皮膚疾患の診断補助

  • アトピー性皮膚炎の診断基準の一つとして活用
  • 皮膚炎の重症度評価(CADESI-4などの臨床スコアとの併用)
  • 原因不明の皮膚トラブルの鑑別診断に活用

3. 治療効果のモニタリング

  • 薬物療法(ステロイド、シクロスポリン、オクラシチニブなど)の効果判定
  • スキンケア製品(シャンプー、保湿剤など)の効果検証
  • 食事療法(必須脂肪酸強化食など)の効果評価

4. クライアントコミュニケーションツール

  • 目に見えない皮膚バリア機能の状態を数値で示すことで、飼い主の理解を促進
  • 治療の必要性や継続の重要性を客観的に説明
  • 治療効果を視覚化することでコンプライアンス向上

5. 診療施設の差別化

  • 高度な皮膚科診療を提供する施設としてのアピールポイント
  • 皮膚科専門医との連携ツール
  • 学術的な取り組みとしての価値

実践例:シャンプー療法の最適化

犬のアトピー性皮膚炎では、適切なシャンプー療法が重要です。TEWL測定を活用することで、以下のような最適化が可能になります:

  1. シャンプー前のTEWL測定
  2. シャンプー直後のTEWL測定(通常は上昇)
  3. 各種保湿剤使用後のTEWL測定
  4. 経時的な変化の追跡

これにより、個々の犬に最適なシャンプー製品と保湿剤の組み合わせを科学的に選定できます。また、シャンプーの頻度も、TEWL値の変化に基づいて調整することが可能です。