抗生剤と犬の健康管理
抗生剤が犬に処方される主な適応症
抗生剤は、細菌感染症の治療において重要な役割を果たす薬剤です 。犬において最も頻繁に処方される適応症には、細菌性皮膚炎(表在性膿皮症や深在性膿皮症)、膀胱炎などの尿路感染症、歯周病による細菌感染、外傷による傷口感染、そして呼吸器系の細菌感染があります 。
特に皮膚感染症では、ブドウ球菌による感染が多く見られ、適切な抗生剤の選択が治療成功の鍵となります 。尿路感染症では、大腸菌が約3分の1を占めており、感受性検査に基づいた薬剤選択が推奨されています 。
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また、手術時の感染予防目的でも使用され、術中感染のリスクを軽減するために90分おきに静脈内投与されることもあります 。歯科処置後には、細菌が血管に侵入して全身感染を起こすリスクを防ぐため、数日から数週間の抗菌薬投与が必要とされています 。
抗生剤の主な種類と犬における使用実態
犬の臨床現場で使用される抗生剤は、主にβ-ラクタム系が全体の65%を占めています 。最も頻繁に処方されるのはセファレキシン(33%)とアモキシシリン-クラブラン酸(16%)で、これらは第一選択薬として広く使用されています 。
ペニシリン系抗生剤であるアモキシシリンは、グラム陽性菌とグラム陰性菌に対して広域スペクトルを示し、特に皮膚感染症や泌尿器感染症の治療に効果的です 。一方、セフェム系のセファレキシンは、抗菌スペクトルの広さから第一選択薬として使用され、特に犬の表在性膿皮症において高い効果を示します 。
参考)https://www.vmdp.jp/products/pdf/ac_cc.pdf
フルオロキノロン系抗生剤は全処方の7%を占め、他の抗生剤が効かない場合の選択肢として考慮されますが、軟骨形成に影響を与える可能性があるため、特に大型犬種の若齢犬では慎重な使用が必要です 。クリンダマイシンは嫌気性菌にも活性があるため、口腔感染や吸引性肺炎での使用が多く見られます 。
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抗生剤使用時の副作用と注意すべき症状
犬における抗生剤の副作用は、主に消化器症状として現れ、下痢、嘔吐、食欲不振が最も一般的な症状です 。セファレキシンやホスホマイシンでは軟便や下痢が発生しやすく、ミノサイクリンでは嘔吐や食欲不振が発生しやすい傾向があります 。
参考)老犬の抗生物質による副作用は?症状が現れた時の対処法や予防策…
抗生剤は腸内細菌に対しても働いてしまい、細菌バランスが崩れることがディスバイオーシスと呼ばれる状態を引き起こします 。このため、抗生剤と同時に整腸剤が処方されることが多く、副作用の軽減が図られています 。
アレルギー反応も重要な副作用の一つで、顔の腫れ、皮膚の痒み、目や口周りの赤みなどが現れることがあります 。老犬では特に副作用が出やすく、薬物相互作用のリスクも高まるため、より慎重な投与が必要です 。
外用剤の場合、耐性菌の出現や薬疹のリスクがあり、基材や混合剤に対するアレルギー反応にも注意が必要です 。
抗生剤の適切な使用方法と投与期間の重要性
抗生剤の効果を最大化し、耐性菌の発生を防ぐためには、獣医師の指示に従った適切な使用が不可欠です 。基本原則として、感染が確認されるまでは使用せず、確認された場合には薬剤感受性検査を行って感受性のある薬剤を選択することが推奨されています 。
投与期間は疾患や重症度によって異なりますが、指示された期間を完全に守ることが重要です 。途中で服用を中断したり、自己判断で量を減らすと耐性菌が生まれる原因となり、将来的にどの抗生剤も効かない状況を招く可能性があります 。
動物用に承認された抗菌剤にはそれぞれ用法・用量が定められており、基本的にはそれに則って実施することが推奨されますが、重度の感染症では PK/PD パラメーターを考慮した投与法が検討される場合もあります 。
参考)https://vth-tottori-u.jp/wp-content/uploads/2013/11/topics.vol_.19.pdf
以前に処方された抗生剤が残っているからと言って安易に使用することは避け、必ず新たな診断に基づいた処方を受けるべきです 。「とりあえず抗生剤をください」という要求ではなく、適切な診断のもとで処方されることが重要です 。
薬剤感受性検査による効果的な治療選択
薬剤感受性検査は、感染症を引き起こしている細菌にどの抗生剤が最も効果的かを調べる重要な検査です 。この検査により、治療の精度を大幅に向上させることができ、不要な副作用を避けながら早期回復を期待できます 。
検査の流れは、まず病変部位から採取した細胞を培養して細菌の種類を調べる培養同定検査を行い、続いて特定された細菌を抗生剤が含まれた培地で培養する感受性試験を実施します 。結果が判明するまでに1~2週間程度かかることが多いですが、その時間をかける価値があるほど治療効果が期待できます 。
感受性検査が特に推奨されるのは、抗生剤治療を開始してもなかなか改善が見られない場合、重篤な感染症や同じ感染症を繰り返している場合、他院で長期間抗生剤を使用していた経過がある場合です 。特に皮膚病や呼吸器感染症では必要な検査とされており、薬剤耐性菌の存在が疑われる症例では早急に実施すべきです 。
参考)アミール動物病院|薬剤感受性試験|その子その子に合わせた薬剤…
結果的に治療期間が短縮され、複数の薬を試す必要がなくなるため、総合的に治療費が抑えられることも少なくありません 。
犬における耐性菌問題と自己判断による使用リスク
動物病院では一般的な人の病院と比較して抗菌剤を処方する機会が多く、薬剤耐性菌の発生が深刻な問題となっています 。薬剤耐性菌とは抗菌剤に対し抵抗性を持ち、薬剤の効果がなくなる、もしくは効きにくくなる細菌のことです 。
参考)犬も猫もお薬を飲むときがある!抗菌剤の用法用量を守りましょう…
不適切な使用により多くの抗菌剤に耐性を持った薬剤多剤耐性菌が発生すると、治療が非常に困難となります 。犬の膿皮症で分離される MRSP(メチシリン耐性スタフィロコッカス・シュードインターメディウス)は、すべてのβ-ラクタム系抗菌薬に耐性を示すため、たとえ感受性試験で感受性と判定されてもこれらの薬剤を選択してはいけません 。
参考)膿皮症の治し方 ②治療編 – どうぶつの細菌検査どうぶつの細…
大腸菌による尿路感染では、約3分の2がアンピシリンに耐性を示し、約半数がセファゾリン、オルビフロキサシン、エンロフロキサシンなどに耐性を示しているという報告があります 。近年、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生菌も増加傾向にあり、これらの菌にはニューキノロン系への耐性率が顕著に高いことが判明しています 。
自己判断による抗生剤の使用や、他の動物や人間用の薬剤を勝手に使用することは、耐性菌発生のリスクを高める危険な行為です 。動物用と人間用では薬剤が異なるため、必ず獣医師の診断と処方に基づいた治療を受けることが重要です 。