視力低下と犬の目の健康
愛犬の視力低下は、多くの飼い主が直面する可能性のある深刻な健康問題です。犬の目の病気は人間と共通した疾患も多く、早期発見と適切な治療により視力の維持や進行の抑制が期待できます。犬の視野は約270度と人間より広い一方で、立体視の範囲は約30~60度と狭く、これが高い場所からのボールキャッチが苦手な理由でもあります。シニア犬の健康診断では、80%の犬に何らかの未発見の問題が見つかり、そのうち20%で視力の低下が報告されています。
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視力低下が引き起こす犬の行動変化
犬の視力低下は段階的に進行するため、初期段階では飼い主が気づきにくい特徴があります。最も典型的な初期症状は夜盲症で、暗い場所での歩行を嫌がるようになります。夕方以降の散歩で元気がなくなったり、暗闇での行動が不自然になることが多く見られます。
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視力低下が進行すると、以下のような行動変化が現れます。
- 慣れた室内でも家具にぶつかったり、つまずいたりする頻度が増加する
- 階段などの段差を怖がるようになり、高低差の認識が困難になる
- 飼い主が投げたボールやおもちゃを見つけにくくなる
- 食事やお水の場所がわかりにくくなり、鼻で匂いを確認する行動が増加する
- 動きが全体的に遅くなり、反応が鈍くなる傾向が見られる
これらの症状は特に夜間に顕著に現れ、犬自身が見えなくなることに順応していく場合、飼い主が異常に気づくまでに時間がかかることも少なくありません。
犬の白内障による視力低下のメカニズム
白内障は犬の視力低下を引き起こす最も一般的な疾患の一つです。目の中にある水晶体が白く濁ることで光が網膜に届かなくなり、視力が段階的に低下していきます。白内障は水晶体の濁りの進行度に応じて4つのステージに分類されます。
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初発期では濁りは15%未満で自覚症状はほとんどありませんが、未熟期になると約15%以上の濁りが生じ、視界がぼやけ始めて暗い場所での移動を嫌がるようになります。成熟期ではほぼ全体が濁り、障害物にぶつかったり動きたがらなくなります。
若年性白内障の特徴として、6歳ごろまでに発症し進行が比較的早いことが挙げられます。遺伝的にかかりやすい犬種には、アメリカン・コッカー・スパニエル、トイ・プードル、ヨークシャー・テリア、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、ミニチュア・シュナウザー、柴犬、ゴールデン・レトリーバーなどがあります。
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緑内障による急激な視力低下リスク
緑内障は「あっという間に失明」することもある緊急性の高い眼疾患です。眼球内に房水という液体が溜まり眼圧が異常に高くなることで、網膜や視神経に障害を与えます。眼圧の上昇により視神経乳頭上の血管が減少し、細くなって虚血性の変化を示します。
参考)犬の緑内障と白内障の違い
緑内障の進行は急性期と慢性期の2段階に分けられます。急性期では充血や強い痛みが出て目を気にするしぐさが見られ、この段階で適切な治療を受ければ視力を維持できる可能性があります。慢性期になると眼圧が高いまま時間が経過し視力を失った段階となり、主に痛みを緩和する治療が中心となります。
緑内障になりやすい犬種として、柴犬、アメリカン・コッカー・スパニエル、イングリッシュ・コッカー・スパニエル、バセット・ハウンド、ボストン・テリア、シー・ズーなどが知られています。特に柴犬での発症率が高く、定期的な眼圧検査による早期発見が重要です。
進行性網膜萎縮による遺伝性視力低下
進行性網膜萎縮(PRA)は網膜の視細胞が徐々に障害を受ける遺伝性疾患で、最終的には失明に至る進行性の病気です。多くは視細胞のうち暗所で働く杆体細胞の障害から始まるため、初期症状は夜盲として現れます。
参考)犬の進行性網膜萎縮(PRA)【獣医師執筆】犬の病気辞典
症状の進行パターンとして、夕方の散歩で歩かなくなる、暗所での階段の上り下りを嫌うなどが初期に見られ、徐々に明所でも同様の症状が認められるようになります。最終的には網膜全層に変性が波及し失明に至りますが、それまでに数年かかることもあります。
ミニチュア・ダックスフンドでよく見られる遺伝性の病気として知られており、進行性網膜萎縮は続発して皮質白内障を発症することが多いとされています。現在のところ進行を遅らせたり進行を止める治療法は確立されておらず、遺伝子検査により発症予測を立てることが可能です。
参考)https://and-vet-ah.com/case/progressive_retinal_atrophy/
家庭でできる犬の視力チェック方法
愛犬の視力低下を早期に発見するため、家庭で実施できる簡単なチェック方法があります。これらのテストを定期的に行うことで、何らかの異常を早期発見することが可能です。
参考)愛犬の視力低下の見極め方~老犬のはじまりへの対応方法【獣医師…
瞳孔反射テストでは、暗くした部屋で数分犬の目を慣らした後、部屋の照明を明るくした時の瞳孔反射を確認します。光を正常に感じているならば、光の量を調節するため瞳孔が伸縮しますが、この瞳孔反射が確認できない場合は視力低下の可能性が考えられます。
追跡テストは、音が出ないようにティッシュを丸めた物などを目の前に落としたときに、物を目で追っているか確認する方法です。物体が見えているのならば、視線や首、体が物体を追跡しますが、この反応がない場合は視力低下の可能性があります。
より詳細な家庭チェックとして、脱脂綿の一片を片目ごとの視野の中で上から落とし、視力があれば犬はその動きを目で追う反応を確認できます。重さのあるものは音がしたり風圧で気づいたりするため、軽い素材を使用することが重要です。
参考)【獣医師執筆】犬の「視力」の調べ方は?視力低下のサインと家庭…
動物病院では、眼底検査により網膜や視神経を観察し、網膜剥離や網膜萎縮症などの診断に役立てます。検査前には瞳孔を開かせる散瞳薬を使用するため、同時に眼圧検査を行う場合があります。超音波検査では眼の大きさや内部の構造を確認し、網膜剥離、白内障、水晶体脱臼、腫瘍などの診断が可能です。