副腎皮質と犬の健康
副腎皮質は、左右の腎臓の頭側にある小さな内分泌器官で、犬の生命維持に欠かせない重要な役割を担っています 。この臓器からは、コルチゾール、アルドステロン、アンドロゲンといった副腎皮質ホルモンが分泌され、糖利用の調節、血圧維持、ストレス反応、免疫応答など多様な生体機能をコントロールしています 。副腎皮質の機能は脳下垂体によって調節されており、下垂体からACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が分泌されることで、副腎皮質からのホルモン分泌が促進される仕組みになっています 。
参考)犬の副腎皮質機能亢進症について解説|皮膚の異常が病気のサイン…
犬の副腎皮質疾患には主に二つのタイプがあります。一つは副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)で、コルチゾールが過剰に分泌される病気です 。もう一つは副腎皮質機能低下症(アジソン病)で、副腎皮質ホルモンの分泌が不足する病気です 。これらの疾患は中高齢の犬に多く見られ、特にトイプードル、ダックスフント、ミニチュア・シュナウザー、ビーグルなどの小型犬種で発症率が高いとされています 。
参考)副腎皮質機能亢進症
副腎皮質機能亢進症の症状と原因
副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)は、副腎皮質からコルチゾールが過剰に分泌される疾患で、犬の内分泌疾患の中でも比較的よく見られる病気です 。この病気の原因は大きく3つに分類されます。
最も多いのが下垂体性クッシング症候群(PDH)で、全体の8~9割を占めます 。下垂体に腫瘍が発生することで、ACTHが過剰に分泌され、それに刺激されて副腎皮質がコルチゾールを過剰に産生します 。このタイプは5歳以上(多くは8歳以上)の犬で発生し、雌での発症がやや多い傾向があります 。
二つ目は副腎性クッシング症候群(AT)で、副腎自体に腫瘍が発生してコルチゾールを過剰に分泌するタイプです 。副腎の腫瘍は約5割が良性、5割が悪性とされ、付近の血管に浸潤するリスクもあるため注意が必要です 。このタイプは下垂体性よりも高齢の犬で発症しやすく、日本ではシー・ズーに好発することが知られています 。
三つ目は医原性クッシング症候群で、プレドニゾロンなどのステロイド薬を長期間使用することで、クッシング症候群と同様の症状が現れるものです 。この場合は薬剤の投与を徐々に中止することで症状の改善が期待できます 。
参考)http://www.anicom-sompo.co.jp/doubutsu_pedia/node/935
副腎皮質機能亢進症の犬に現れる特徴的症状
クッシング症候群の犬に現れる症状は多岐にわたり、コルチゾールの過剰分泌による様々な悪影響が全身に及びます 。最も特徴的な症状は多飲多尿で、犬が異常に多くの水を飲み、それに伴って頻繁に排尿するようになります 。また、食欲亢進により食べる量が増加し、体重増加が見られることも多くあります 。
参考)犬の副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)の症状と原因、治療…
外見上の変化として、腹部膨張(ポットベリー)が挙げられます 。これは筋肉の萎縮と腹腔内脂肪の増加によるもので、お腹が太鼓のように膨らんで見えるのが特徴です 。皮膚症状では、皮膚が薄くなり、左右対称性の脱毛や色素沈着が現れることがあります 。また、創傷治癒の遅延や皮膚の石灰化といった症状も見られることがあります 。
参考)https://vetzpetz.jp/blogs/column/dog-cushing
その他の症状として、筋肉の萎縮により足腰が弱くなり、疲れやすくなることがあります 。パンティング(暑くない状況でも口を開けて浅い呼吸をする)や、高血圧、高血糖などの症状も現れることがあります 。長期間にわたってコルチゾールが過剰な状態が続くと、心臓、肺、肝臓、腎臓、脳などの多くの臓器に影響を与え、合併症として糖尿病や高血圧を併発するリスクが高まります 。
副腎皮質機能低下症の症状と診断
副腎皮質機能低下症(アジソン病)は、副腎皮質からのホルモン分泌が不足することで起こる疾患で、クッシング症候群とは対照的な病気です 。この病気は犬では比較的まれな疾患ですが、原発性疾患の発生は幼若から中年(2カ月~9歳齢、平均4.5歳)にかけて見られ、雌(76%)において発症が多いとされています 。
参考)副腎皮質機能低下症(アジソン病) / 犬の病気|JBVP-日…
アジソン病の症状は非特異的で、食欲不振、元気消失、下痢、嘔吐、体重減少、虚弱、震えなどが現れます 。他にも脈が遅くなったり(徐脈)、体温が低くなったりする症状も見られます 。この病気の特徴的な点は、ストレスに対処するホルモンの分泌が低下するため、ストレスによって症状が悪化することです 。
症状は良くなったり悪くなったりを緩やかに繰り返しながら進行していくのが特徴で、副腎皮質の90%以上が破壊されてから激しい症状が現れるようになります 。ストレスがかかった時に発症することが多く、平常時でもホルモン不足による症状が見られるようになります 。
診断においては、血液検査で電解質異常(ナトリウムの低下、カリウムの上昇)が特徴的な所見として現れます 。確定診断にはACTH刺激試験が用いられ、ACTH投与後の血中コルチゾール濃度が基準値未満であればアジソン病と診断されます 。最も危険な状態は副腎クリーゼ(アジソンクリーゼ)で、突発的にショック状態に陥り、早急な治療が必要となる緊急事態です 。
参考)犬のアジソン病(副腎皮質機能低下症)の症状と原因、治療法につ…
副腎疾患の治療法とACTH刺激試験
副腎皮質疾患の診断において、ACTH刺激試験は最も重要な検査の一つです 。この検査は副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を注射し、注射前後の血液中コルチゾール濃度の変化を測定することで副腎機能を評価します 。クッシング症候群の場合、ACTH刺激後の血中コルチゾール濃度が異常に高値を示し、この検査により約80%の症例が診断できます 。一方、アジソン病では投与後のコルチゾール濃度が基準値未満となります 。
参考)犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)の症状と原因、治療…
クッシング症候群の治療は、原因によって異なるアプローチが取られます 。医原性の場合はステロイド剤の投与を徐々に中止します 。その他の原因による場合は、基本的に生涯にわたる薬物治療が必要となります 。使用される薬剤には、副腎皮質ホルモンを分泌する副腎皮質の細胞を破壊する薬や、副腎皮質ホルモンの分泌自体をコントロールする薬があります 。
治療開始前には、まずホルモンの分泌が過剰となっている原因を確定し、薬の必要量を確認するために投薬前後の血液検査を行います 。投与量が多すぎる場合には副腎皮質機能低下症を引き起こす可能性があるため、定期的な検査による慎重な管理が必要です 。内科的治療で症状の改善が見られない場合や重度の症状がある場合は、外科的治療も検討されます 。
アジソン病の治療は、不足している副腎皮質ホルモンを薬で補充することが基本となります 。必要なホルモンにはグルココルチコイドとミネラルコルチコイドがあり、これらをステロイド剤により補充します 。副腎クリーゼの場合は入院での点滴治療が必要で、循環血液量の改善とショック状態の安定化を図ります 。症状が安定すれば、維持療法として生涯にわたる薬物投与が継続されます 。
参考)副腎皮質機能低下症
副腎疾患の犬の食事管理と生活での注意点
クッシング症候群の犬の食事管理は、治療の重要な一環となります 。この疾患では脂質代謝の異常、体内タンパク質の分解、高血糖傾向、腸内環境の乱れという4つの栄養代謝トラブルが生じるため、これらに対応した食事対策が必要です 。
参考)犬のクッシング症候群、食事対策4ポイント – 犬心~INUK…
最も重要なのは低脂肪食の実践です 。クッシング症候群の犬のほとんどは脂質代謝にトラブルを抱え、コレステロールや中性脂肪値が高くなりがちです 。そのため、脂肪量を低く抑えた食事を選択することが必要です 。ただし、脂肪の量だけでなく質にも配慮し、酸化を防いだフレッシュな食材の活用や、脂肪酸バランスへの配慮が重要です 。
参考)犬のクッシング症候群とは?|症状・原因・治療法・食事管理まで…
タンパク質については、中程度量の良質なタンパク質を摂取することが推奨されます 。コルチゾール過剰により体内タンパク質が過剰に分解されるため、適切な補給が必要ですが、肝臓負担を考慮して消化吸収しやすい良質なタンパク質を適量摂取することが大切です 。
食事の与え方も重要で、少量ずつ数回に分けて与えることで消化の負担を軽減し、血糖値の安定化にも寄与します 。また、塩分を控えることで高血圧の予防を図ることも必要です 。市販のフードには塩分が多く含まれていることがあるため、獣医師と相談しながら適切な食事を選択することが重要です 。
アジソン病の犬の場合、適切な治療により症状がコントロールできていれば、食事や散歩などの普段の生活は健康な犬と同じで問題ありません 。重要なのは定期的な受診と生涯にわたる薬の投与の継続です 。症状が落ち着いているからといって、飼い主の自己判断で薬の量を減らしたり中止したりしてはいけません 。適切な治療を受けていれば予後も良好で、健康な犬と同じくらいの寿命を全うできます 。