胃炎犬の症状と治療方法
胃炎犬の主要症状と重症度判定
犬の胃炎は胃粘膜の炎症により引き起こされ、急性と慢性で症状の現れ方が大きく異なります。急性胃炎では突然の激しい嘔吐が特徴的で、1日に複数回の嘔吐を繰り返すことが多く見られます。
急性胃炎の主要症状：
- 激しい嘔吐（胃液、泡、食物）
- 嘔吐物への血液混入
- 急激な食欲低下
- 元気消失・ぐったりした様子
- よだれの増加
特に注意すべきは、嘔吐物に血液が混入している場合です。これは胃粘膜の損傷が進行している証拠であり、緊急性の高い状態を示しています。また、繰り返す嘔吐により脱水症状が進行すると、皮膚をつまんで離した際の戻りが悪くなる特徴的な所見が確認できます。
慢性胃炎では症状がより緩やかに進行し、3週間以上にわたって症状が持続します。間欠的な嘔吐や食欲不振、徐々に進行する体重減少が特徴的で、栄養吸収障害により痩せていく傾向が見られます。
重症度判定の指標：
- 便の性状変化：黒色便（メレナ）は胃出血の指標
- 粘膜色調：貧血による白色化
- 脱水の程度：皮膚テント試験での評価
- 全身状態：活動性の低下と姿勢の変化
胃炎犬の原因別治療戦略
犬の胃炎治療は原因に応じたアプローチが重要です。食物有害反応による胃炎では、アレルゲンの同定と除去が最優先となります。脂肪分の多い食事や腐敗した食物の摂取が原因の場合、即座に食事内容の見直しを行います。
感染症による胃炎の治療：
- ヘリコバクター菌感染：抗菌薬の組み合わせ療法
- パルボウイルス感染：支持療法と対症療法
- 寄生虫感染：駆虫薬の投与
薬物性胃炎では、原因薬剤の特定と中止が不可欠です。非ステロイド性抗炎症薬（NSAIDs）による胃炎は特に多く、胃粘膜保護機能を抑制するため、代替薬への変更と胃粘膜保護剤の併用が必要となります。
異物誤飲による胃炎では、胃洗浄や内視鏡による除去術が選択されます。重金属などの有毒物質の場合、迅速な除去が重要で、場合によっては外科的摘出も検討されます。
特発性胃炎の診断は除外診断により行われ、詳細な検査を実施しても原因が特定できない場合に下されます。このような症例では、ストレス管理と食事療法が主体となります。
胃炎犬の薬物療法と食事管理
胃炎の薬物療法は症状の重症度と原因に応じて選択されます。制酸剤としてH2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬を使用し、胃酸分泌を抑制することで胃粘膜の修復を促進します。
主要な薬物療法：
- 制酸剤：ファモチジン、オメプラゾール
- 胃粘膜保護剤：スクラルファート、レバミピド
- 制吐剤：メトクロプラミド、マロピタント
- 消化管運動調整剤：症状に応じて促進剤または抑制剤を選択
脱水症状を呈する症例では、輸液療法が必須となります。軽度の脱水では皮下点滴を選択し、中等度以上では静脈内点滴による積極的な補液を行います。電解質バランスの補正も同時に実施し、特にナトリウムとカリウムの調整に注意を払います。
食事管理は治療の重要な柱であり、急性期には12-24時間の絶食期間を設けます。その後、消化性の高い低脂肪食から段階的に再開し、通常食への復帰は数日かけて慎重に行います。
療法食の選択基準：
- 低脂肪食：脂肪含有量5%以下
- 高消化性蛋白：新奇蛋白源の使用
- 適度な繊維量：腸内環境の改善
- 少量頻回給餌：胃への負担軽減
慢性胃炎では除去食やアレルギー対応食の長期使用を検討し、症状の改善を継続的に評価します。プロバイオティクスの併用により腸内細菌叢の正常化を図ることも重要なアプローチです。
胃炎犬の診断手法と検査プロトコル
胃炎の正確な診断には段階的なアプローチが必要です。初期評価では詳細な病歴聴取と身体検査を実施し、症状の発症時期、進行パターン、誘発要因を把握します。
基本検査項目：
- 血液検査：CBC、生化学検査、電解質測定
- 尿検査：腎機能と脱水状態の評価
- 便検査：寄生虫、細菌、潜血反応
- レントゲン検査：異物、腸閉塞の除外
血液検査では白血球数の増加、CRPやSAAなどの炎症マーカーの上昇を確認します。肝酵素（ALT、AST）や腎機能マーカー（BUN、クレアチニン）の評価により、他臓器への影響を判定します。
超音波検査は胃壁の肥厚、腫瘤性病変、腹水の有無を非侵襲的に評価できる有用な手法です。胃壁の層構造の変化や血流評価により、炎症の程度を定量的に把握できます。
内視鏡検査は確定診断のゴールドスタンダードとされ、胃粘膜の直接観察と組織生検が可能です。びらん、潰瘍、腫瘍の鑑別診断に不可欠で、ヘリコバクター菌の迅速診断キットを用いた感染症の診断も同時に実施できます。
高度検査の適応：
- 治療抵抗性症例
- 慢性経過をたどる症例
- 腫瘍性病変が疑われる症例
- 外科的治療を検討する症例
造影CT検査は異物の詳細な位置確認や穿孔の有無を評価する際に有用で、特に重金属系異物の診断には欠かせません。
胃炎犬の予防戦略と飼い主への包括的指導
胃炎の予防は多角的なアプローチが必要で、獣医師による適切な飼い主指導が重要な役割を果たします。日常的な健康管理から環境整備まで、包括的な予防戦略を立案することが再発防止につながります。
食事管理による予防策：
- 定時給餌の徹底：1日2-3回の規則正しい給餌
- 食物の品質管理：新鮮な食材の使用、適切な保存
- 急激な食事変更の回避：新しいフードへの段階的移行
- 食べ過ぎ防止：適正な給餌量の維持
環境要因の管理も重要な予防要素です。散歩時の誤食防止対策として、拾い食い防止トレーニングの実施と、危険物の除去を徹底します。家庭内では、犬がアクセス可能な場所への有害物質の放置を避け、おもちゃや小物の管理を適切に行います。
ストレス管理は特に慢性胃炎の予防において重要です。環境変化への適応支援、適度な運動の確保、安定した生活リズムの維持により、ストレス性胃炎のリスクを軽減できます。多頭飼育の場合は、個体間の相性や序列関係にも注意を払う必要があります。
定期健康管理プログラム：
- 年1-2回の健康診断：血液検査、画像診断を含む
- 寄生虫予防：定期的な駆虫薬投与
- ワクチン接種：感染症予防の徹底
- 歯科ケア：口腔内細菌の管理
薬物使用時の注意喚起も重要な指導項目です。NSAIDsや副腎皮質ステロイドの使用時は、胃粘膜保護剤の併用を検討し、長期投与の場合は定期的な胃粘膜の評価を実施します。
飼い主教育の重点項目：
- 早期症状の認識：嘔吐パターンの観察方法
- 緊急受診の判断基準：血液混入、脱水症状の見極め
- 家庭での応急処置：絶食期間の設定、水分補給の方法
- 長期管理の重要性：慢性胃炎の特徴と管理のポイント
予防的な食事管理として、消化性の高いプレミアムフードの選択や、アレルギー歴のある犬では除去食の継続使用を推奨します。また、プロバイオティクス製剤の定期的な投与により、腸内環境の安定化を図ることも効果的な予防策となります。
定期的なフォローアップ体制の構築により、症状の再発や悪化を早期に発見し、適切な治療介入を行うことが可能になります。飼い主との信頼関係を築き、症状の変化について気軽に相談できる環境を整備することが、胃炎の長期管理において最も重要な要素といえるでしょう。