犬の跛行と原因と症状と治療法
犬の跛行の定義と症状のグレード分類
跛行(はこう)とは、四肢のうちいずれかの肢に異常が生じ、それをかばうように歩く症状を言います。簡単に言うと「肢を挙げたまま歩いたり、肢をつくのを嫌がって歩く」症状です。跛行の「跛」という字は「そろっていない状態」という意味を持ち、正常でない歩行を表しています。
跛行の症状の程度は様々で、パッと見ただけでは分からない程度の軽微なものから、完全に肢を挙げて歩く一目瞭然のものまであります。通常、跛行は走った時の方が症状が顕著になりやすく、普段のスピードで歩いている時は跛行が認められなくても、走った時にだけ跛行が認められる場合もあるので注意が必要です。
跛行の症状は一般的に以下のようにグレード分けされます:
- 軽度:片足を浮かせて歩く、片足をかばって歩くなど
- 中度:ケンケンやスキップをしながら歩くなど
- 重度:足を引きずる、座り込みながら移動するなど
これらの症状は、骨、関節、筋肉、腱などの運動器官のどこかに異常があることを示しています。特に、膝蓋骨脱臼(パテラ)のような疾患では、症状の進行によって4つのグレードに分類されることもあります。
犬の跛行の主な原因と発生メカニズム
跛行の主な原因は「痛み」ですが、生まれつき、もしくは成長過程における骨の異常で生じる物理的要因もあります。具体的な原因としては以下のようなものが挙げられます:
- 関節の異常
- 前十字靭帯断裂
- 股関節形成不全
- 関節腫瘍
- 膝蓋骨脱臼(パテラ)
- 骨の異常
- 骨折
- 骨の腫瘍
- 汎骨炎(体重増加に伴う原因不明の跛行)
- 離断性骨軟骨炎(発育期に見られる関節の一部欠損)
- 筋肉や腱の異常
- アキレス腱断裂
- 靱帯炎
- 神経の異常
- 神経炎
- 神経の腫瘍
- 脊髄疾患
- 肉球の異常
- 異物混入
- 裂傷
- 皮膚炎
特に注目すべきは、犬の跛行の約7割は後ろ肢に関連していると言われていることです。また、跛行する状況と歩き方が診断の重要な情報となります。例えば:
- 休息後に跛行が目立つ場合は関節の異常を疑う
- 昇りたがらない場合は後肢の異常を疑う
- 降りたがらない場合は前肢の異常を疑う
- デコボコ道で症状が悪化する場合は肉球の異常を疑う
犬種や年齢によっても発生しやすい跛行の原因は異なります。例えば、汎骨炎は5〜14ヶ月齢の成長期に見られ、離断性骨軟骨炎は4〜8ヶ月齢の発育期に発生しやすいとされています。
犬の跛行の好発犬種と年齢による特徴
跛行を引き起こす疾患は、特定の犬種や年齢によって発生頻度が異なります。特に膝蓋骨脱臼(パテラ)は小型犬に多く見られる傾向があります。
日本大学の安川慎二による調査(2004年〜2015年、関東地方の動物病院に来院した犬2,770頭を対象)によると、膝蓋骨内方脱臼の発生率は全体の19.2%(533頭/2,770頭)でした。これは約5頭に1頭の割合で発生していることになります。
特に高い発生率を示した犬種は:
- ヨークシャー・テリア(42%、40頭/95頭)
- ポメラニアン
- マルチーズ
これらの小型犬種では、膝蓋骨脱臼の発症リスクが高いことが分かっています。
年齢別に見ると、膝蓋骨脱臼の罹患犬の発症年齢は中央値で4歳でした。しかし、全体の約40%が3歳未満で発症しており、多くが成長期に発症していることが確認されています。
また、大型犬の若齢期には特有の跛行原因があります:
- 汎骨炎:5〜14ヶ月齢の大型犬に見られる体重増加に伴う原因不明の跛行
- 離断性骨軟骨炎:4〜8ヶ月齢の発育期に見られる関節の一部欠損
- 肥大性骨異栄養症:3〜5ヶ月齢のグレートデンなどの大型犬の急速な成長期に見られる全身性の病態
これらの疾患は、大型犬の急速な成長過程で骨や関節に負担がかかることで発生しやすくなります。特に不適切な栄養管理(カルシウムとリンの不均衡やビタミンC欠乏など)が関連因子として考えられています。
犬の跛行の診断方法と早期発見のポイント
跛行の原因は主に、跛行する状況、歩き方、犬種、年齢、レントゲン画像から総合的に診断されます。特に跛行する状況と歩き方が大事な情報になるため、飼い主の観察力が診断の大きな助けとなります。
診断のための重要なポイント:
- 日常の観察
- 普段の歩き方と走り方をよく観察する
- 特定の状況(休息後、階段の上り下り、デコボコ道など)で跛行が現れるか確認する
- 可能であれば動画を撮影して獣医師に見せる
- 身体検査
- 患部の足(体重をかけないようにしている方の足)を検査
- 腫れ、熱感、痛みのある部分を確認
- 足の裏に傷や異物がないか確認
- 画像診断
- レントゲン検査:骨折、関節の異常、骨の腫瘍などを確認
- MRI検査:神経の異常の場合に必要(全身麻酔が必要)
特に汎骨炎のような疾患は、触診とレントゲンにより診断されます。レントゲン上では骨髄の中の血管周囲が白くなるという特徴があります。また、離断性骨軟骨炎は関節の一部が欠損し、骨片として残る特徴があります。
早期発見のために注意すべき兆候:
- 散歩を嫌がる
- 段差を嫌がる
- あまり動かない
- ソファーなどの上り下りをしない
- 立ち上がりがつらそう
- 元気がない
- 遊びたがらない
- 尾を下げている
- 寝ている時間が長い、または短い
これらの兆候は「動物のいたみ研究会」が提唱する慢性の痛みのチェック項目です。愛犬にこれらの兆候が見られる場合は、跛行の初期症状である可能性があります。
犬の跛行の治療法と家庭でのケア方法
跛行の治療法は原因となる疾患によって異なりますが、多くの場合、外科治療が必要になります。ただし、跛行の原因、年齢、犬のサイズなどにより、内科治療か外科治療か選択可能な場合もあります。
主な治療法:
- 外科治療
- 膝蓋骨脱臼:脱臼部位の整復や、成長に伴う骨の変性を防ぐための手術
- 離断性骨軟骨炎:程度によっては骨片を取り除く手術
- 前十字靭帯断裂:靭帯の修復手術
- 股関節形成不全:人工股関節置換術など
- 内科治療
- 消炎鎮痛剤の投与
- 関節サプリメント(グルコサミン、コンドロイチン、ヒアルロン酸など)
- 理学療法
- 体重管理
- 特定疾患の治療
- 汎骨炎:多くの場合、発育とともに自然治癒するが、痛みのコントロールが必要
- 肥大性骨異栄養症:適切な栄養管理と対症療法
家庭でのケア方法:
- 体重管理
- 肥満は犬の脚に負担をかけるため、適正体重を維持する
- 高タンパク質で低脂肪の良質な食事を与える
- 室内環境の整備
- フローリングにはマットなどを敷いて滑り止めを行う
- 段差を解消し、ペットステップなどを設置する
- 適切な運動
- 過度な運動は避け、短時間の散歩を複数回に分ける
- 特に老犬の場合、無理な長時間散歩は避ける
- 痛みを感じていないか注意深く観察する
- 子犬の正しい栄養管理
- バランスのとれた高品質のペットフードを与える
- 大型犬の子犬には、エネルギーが多すぎる食事を避ける
- 各犬種協会の体重増加に関する推奨事項に従う
- 適切な運動量の調整
- 若い犬には過度のストレスを与えない
- パピースクールやドッグスクールに定期的に通わせる
- 老犬には短時間の散歩を複数回行う
重要なのは、跛行の症状が見られたら早めに獣医師に相談することです。骨や関節の異常の場合、症状が軽度だからといって様子を見ていると、治療が手遅れになってしまう場合があります。犬では捻挫や打撲は稀な疾患であり、跛行症状が認められた際には早めの受診が推奨されます。
犬の跛行予防のための日常ケアと栄養管理
跛行を予防するためには、日常的なケアと適切な栄養管理が重要です。特に成長期の子犬や高齢犬は注意が必要です。
成長期の子犬のケア:
- 適切な栄養バランス
- 骨格と軟骨の発達をサポートするバランスのとれた高品質のペットフードを選ぶ
- 大型犬の子犬には、エネルギーが多すぎる食事は避ける
- カルシウムとリンのバランスが取れた食事を与える
- ビタミンCなどの必要な栄養素を十分に摂取させる
- 適切な運動量
- 長時間の散歩や自転車と一緒に走らせるなど、過度のストレスを与えない
- 徐々に運動量を増やし、急激な負荷を避ける
- パピースクールやドッグスクールに定期的に通わせ、適切な運動を学ぶ
- 定期的な健康チェック
- 成長期の異常を早期に発見するため、定期的に獣医師の診察を受ける
- 特に大型犬は成長期の骨や関節の問題が発生しやすいため注意が必要
高齢犬のケア:
- 関節サポート
- グルコサミンやコンドロイチン、ヒアルロン酸などの関節サプリメントを与える
- 獣医師と相談の上、適切なサプリメントを選ぶ
- 適切な運動
- 長時間の散歩よりも、短時間の散歩を複数回行う
- 無理な運動は関節症や炎症の原因になるため避ける
- 水泳など関節に負担の少ない運動を取り入れる
- 体重管理
- 高齢になると代謝が落ちるため、適切な食事量を調整する
- 定期的に体重をチェックし、肥満を防ぐ
すべての年齢の犬に共通するケア:
- 室内環境の整備
- フローリングには滑り止めマットを敷く
- 段差を解消し、必要に応じてスロープやステップを設置する
- 寝床は柔らかく、体を十分に支えるものを選ぶ
- 定期的な爪切り
- 爪が長すぎると歩行時に負担がかかるため、適切な長さに保つ
- 肉球のケアも定期的に行う
- 早期発見のための観察
- 日常的に歩き方や動作を観察する
- 少しでも異変を感じたら早めに獣医師に相談する
適切な予防ケアを行うことで、多くの跛行の原因となる疾患を防いだり、早期に発見したりすることができます。特に遺伝的に関節の問題を抱えやすい犬種(ラブラドール・レトリバー、ジャーマン・シェパード、ダックスフンドなど)は、より注意深いケアが必要です。