上皮小体と愛犬健康管理
上皮小体の基本構造と犬における位置
犬の上皮小体は副甲状腺とも呼ばれ、甲状腺に付着するように左右に2対、計4つの非常に小さな内分泌器官です。この器官は3ミリにも満たない大きさですが、愛犬の健康維持において極めて重要な役割を果たしています。
上皮小体の位置は喉のあたりにある甲状腺の上部に存在し、甲状腺と接していますが機能的な関わりはありません。犬によってはまれに5つの上皮小体が存在する場合もあり、第4上皮小体は甲状腺の内部あるいは内側に存在することが特徴的です。
この小さな器官から分泌される上皮小体ホルモン(PTH、パラソルモン)は、愛犬が生存し続ける上で必須のホルモンとされています。上皮小体は内胚葉由来の嚢胞状突起として、第3、第4咽頭嚢から発生するという発生学的特徴も持っています。
上皮小体ホルモンと犬のカルシウム代謝機能
上皮小体から分泌されるパラソルモン(PTH)は、ビタミンDと共に血液中のカルシウム濃度やリンの濃度をコントロールする重要な役割を担っています。このホルモンの働きは愛犬の健康維持において多岐にわたります。
パラソルモンの主な機能には以下のような働きがあります。
- カルシウムの腸からの吸収促進
- 骨からの血液中へのカルシウム放出促進
- 腎臓からのカルシウム排泄抑制
- 骨へのカルシウム沈着抑制
これらの機能により血液中のカルシウムを上昇させる働きがあり、骨の構成成分であるリンとカルシウムを骨から溶出させる作用も持っています。愛犬の骨の健康や神経機能、筋肉の正常な働きを維持するために欠かせないホルモンです。
上皮小体ホルモンの分泌は血中カルシウム濃度によって精密に調整されており、カルシウム濃度が低下すると分泌が増加し、逆に高くなると分泌が抑制される負のフィードバック機構により調節されています。
上皮小体機能亢進症の原因と犬への影響
上皮小体機能亢進症には、上皮小体自体の異常による原発性と、他の疾患により引き起こされる二次性(続発性)があります。原発性上皮小体機能亢進症は主に10~11歳の高齢犬で発症しやすく、4~17歳の幅広い年齢で報告されており、性差は特に見られません。
原発性上皮小体機能亢進症の主な原因:
二次性上皮小体機能亢進症は、慢性腎不全などの腎性要因や、慢性的なカルシウムやビタミンD不足による栄養性要因で引き起こされます。これらの状態では血中カルシウム濃度が低下し、上皮小体ホルモン(PTH)の分泌が持続的に刺激されることで機能亢進症が発症します。
症状として、腫瘍が出すホルモンによって血中のカルシウム濃度が上昇し、高カルシウム血症による以下のような症状が現れることがあります:
上皮小体機能低下症と犬の神経症状
上皮小体機能低下症は、上皮小体の破壊により上皮小体ホルモンの分泌が低下する疾患です。このホルモンの欠乏により血中カルシウム濃度が低下し、血中無機リン濃度は上昇します。
上皮小体機能低下症の犬では、主に以下のような神経症状が認められます:
- 痙攣発作
- 震え(振戦)
- 筋痙縮
- 顔面や四肢端を舐める・こするなどの行動(知覚異常)
- 歩様異常
- うまく歩けない、動けない状態
その他の症状として、食欲低下、嘔吐、下痢、白内障なども見られることがあります。ある程度進行した低カルシウム血症でなければ症状に気づきにくいことが多く、最重度では意識がなくなり死に至ることもある緊急性の高い疾患です。
好発犬種として、アメリカンコッカースパニエル、イングリッシュコッカースパニエル、ゴールデンレトリバー、ボクサーなどが挙げられています。
上皮小体疾患の診断から予防まで愛犬を守る知識
上皮小体疾患の診断には、血液検査によるカルシウム濃度やホルモン数値の測定が重要です。エコー検査では上皮小体の腫れをチェックし、確定診断のために血中PTH(上皮小体ホルモン)濃度を測定します。
特に、分解されていないPTH全体を検出するintact-PTHの測定が行われ、上皮小体機能低下症の犬では血中intact-PTH濃度が低値となり、検出限界以下となることも少なくありません。
治療方法:
上皮小体機能亢進症では、外科手術により腫瘍を取り除く方法や、カルシウム濃度を下げるための点滴や薬剤投与による内科治療が行われます。
上皮小体機能低下症の治療では、急性期にはカルシウム製剤の静脈内投与を心電図モニタリング下で実施し、慢性期にはビタミンDおよびカルシウム製剤の経口投与を行います。治療目標は低カルシウム血症による臨床症状の予防であり、正常な血中カルシウム濃度の維持は必ずしも必要ありません。
予防と早期発見:
残念ながら上皮小体疾患の発症を予防することは困難ですが、早期発見・早期治療が重要です。定期的な健康診断や血液検査を行うことで早期発見につながる可能性があります。適切な治療が行われれば良好な予後が期待できますが、上皮小体の機能は回復しないため、生涯にわたる治療の継続が必要となる場合があります。
愛犬の健康を守るためには、これらの症状に注意を払い、獣医師と相談しながら適切な健康管理を行うことが重要です。上皮小体は小さな器官ですが、愛犬の生命維持に欠かせない重要な役割を果たしていることを理解し、日頃から愛犬の体調変化に注意深く観察することが大切です。
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上皮小体機能低下症の詳細な症状と治療法については以下をご参照ください。