疥癬(犬)の症状と治療方法
疥癬(犬)の初期症状と進行パターン
犬の疥癬の最初の病変は皮膚の赤いポツポツですが、しばしば見過ごされることがあります。ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei var. canis)は0.2-0.4mmほどの非常に小さなダニで、表皮内でトンネルを掘りながら生活し、受精した雌ダニは1日に2-3mmの穴を掘ってその後ろに卵を産みます。
症状の進行には特徴的なパターンがあります。
- 初期段階(感染後数日):軽度の痒みと赤いポツポツ
- 進行期(感染後2-3週間):ダニの数に比例した痒みの増強
- 重症期(感染後21-30日):激しい痒みが爆発的に出現
ヒゼンダニは毛のない皮膚を好むため、犬の耳、肘、お腹、かかとでの症状が最も一般的です。アレルギー性の痒みと異なり、疥癬の犬の痒みはすぐにエスカレートし、掻くことができない部位には黄色いフケが付着します。
疥癬の特徴的な臨床サインとして以下が挙げられます。
- 激しい皮膚の痒み
- 炎症やかさぶたを伴うかき傷や噛み傷
- 脱毛
- フケや多量の黄色がかったかさぶた
- 顔面(特に耳)、腹部、胸部、肢の内側で好発
慢性・重症化した場合には、リンパ節の腫れ、体重減少、発熱といった全身症状も現れることがあります。
疥癬(犬)の診断方法とヒゼンダニ検出技術
疥癬の確定診断には、表皮を擦ることでヒゼンダニを検出することが必要ですが、ヒゼンダニの検出率は低く20%から50%とされています。この検出率の低さが診断を困難にする主要な要因となっています。
診断のアプローチは以下の通りです。
皮膚掻爬検査
- 顕微鏡を使って皮膚サンプルを調べ、疥癬ダニを確認
- 複数箇所から検査を実施
- 検出率が低いため陰性でも疥癬を除外できない
臨床症状による判断
プレドニゾロン(ステロイドホルモン剤)が効かない全身の痒みや、季節を問わず一年中痒い場合に疥癬を疑います。特に以下の条件が揃う場合は疥癬の可能性が高くなります。
- 2歳未満の若い犬
- ペットショップ、ドッグラン、トリミング、動物病院に行った後の痒み
- 病変がお腹、胸、肘、かかと、足、顔、耳にある
- 背中に病変がない
- ご家族にも痒みがある
診断的治療
全身に強い痒みがあり疥癬の可能性がある場合には、適切な疥癬の治療を行いこれに反応すれば疥癬と診断し、反応がなければ疥癬を除外するという方法(診断的治療)を用いる場合もあります。
ヒゼンダニは犬から離れた環境中では最大21日間生存できるため、環境からの再感染リスクも考慮した診断が重要です。
疥癬(犬)の治療薬:イベルメクチンとセラメクチンの使い分け
疥癬治療の主軸は抗寄生虫薬による駆虫です。現在使用される主要な治療薬とその特徴を以下に示します。
イソオキサゾリン系化合物(第一選択薬)
最も新しい治療法として、イソオキサゾリン系の投与があります。これらは安全性も高く効果も十分に認められており、今後の疥癬治療の主流となると考えられています。
- ネクスガード(アフォキソラネル)
- シンパリカ(サロラネル)
- クレデリオ(ロチラネル)
- ブラベクト(フルララネル)
これらの薬剤は安全性が高いため多くの病院で処方されています。
セラメクチン(外用薬)
海外では疥癬の治療として、30日ごとのセラメクチンの投与が治療薬として承認を得ています。疥癬の治療ではセラメクチンを十分な量をきちんと被毛をかき分けて使用する必要があります。
イベルメクチン(注射薬・内服薬)
過去にはアベルメクチンという薬で治療することが一般的でした。犬の疥癬の治療効果が非常に高い薬剤であり、これまで治療的評価も含めて第一選択として使用されていました。
しかし、重要な注意点があります。
- これらの薬剤は疥癬の治療薬としての承認は得ていない
- コリー系統の犬種を代表とする遺伝子変異(ABCB1遺伝子)を持つ犬では、重篤な副作用(神経症状など)が心配される
ミルベマイシンオキシム
イベルメクチンと同様に経口投与される薬で効果も似ていますが、こちらも特定の犬種には注意が必要です。
治療における重要な考慮点。
- これらの薬剤は犬糸状虫症予防薬の成分と同じものですが、疥癬治療では投与量が大幅に増加します
- フィラリア症に感染している犬では使用前に血液検査での確認が必須です
疥癬(犬)の薬浴療法と環境消毒対策
薬物療法と並行して実施される薬浴療法と環境管理は、治療成功の重要な要素です。
薬浴療法の実施方法
定期的な薬浴で余分なフケや角質を除去し、皮膚を清潔な状態に保ちます。硫黄サリチル酸を配合したシャンプーを使用することが一般的で、以下の効果が期待できます。
- サリチル酸:フケを取り除く効果
- 硫黄成分:寄生虫を駆除する作用と痒みを軽減する効果
過去の疥癬治療では石灰硫黄とアミトラズでの薬浴が最も広く使用されていましたが、現在はほぼ用いられることはありません。
薬浴実施時の注意点
- 疥癬以外に他の皮膚病を併発している場合は慎重に実施
- 重症で皮膚バリア機能がかなり壊れている場合、薬用シャンプー・薬浴の刺激が強すぎると逆にダメージを与える可能性
- 疥癬症状を見極め、経過観察をしながら愛犬に合った方法で実施
環境消毒と管理
ヒゼンダニは環境中で最大21日間生存できるため、徹底した環境管理が必要です。
- ベッドやブランケット、カーペットなどの消毒
- 生活環境のこまめな清掃と清潔な状態の維持
- 飼育ケージや周辺環境の清潔管理
感染管理の重要性
- 同居犬・猫がいる場合、その同居動物にもヒゼンダニが感染している可能性があるため予防的投与を検討
- 複数犬がいる家庭では、症状が見られない場合であっても全ての接触した犬を治療する必要
- 疥癬が疑われる犬を触る際は手袋を装着し、触れた後は手をよく洗う
疥癬(犬)の栄養療法と免疫力向上アプローチ
疥癬治療において見落とされがちですが、栄養管理と免疫力向上は治療効果の向上と再発防止に重要な役割を果たします。
免疫システムの強化
犬の免疫システムの一つに、ダニ・ノミに対する防御機構があります。疥癬の寄生虫「ヒゼンダニ」に対してもアタックするシステムが存在するため、免疫力を維持することで疥癬症状をケアし、予後管理も向上させることができます。
免疫キープのスイッチ成分
以下の成分が免疫力維持に効果的です。
- βグルカン:キノコ等に含まれる成分
- LPS(リポポリサッカライド):菌由来の成分
犬はこれらの成分に対する受け皿(レセプター)物質を持っており、βグルカン・LPSが接触することで免疫力をキープするスイッチが入ります。
栄養バランスの最適化
バランスの取れた栄養は、犬の皮膚を健やかに保ち、免疫力維持にも貢献します。
- タンパク質:アミノ酸バランスの優れたタンパク質の摂取
- ビタミン・ミネラル:不足している栄養素の補完
- オメガ3脂肪酸:皮膚病対策に最も確かな臨床データが得られている成分
腸内環境の改善
犬の皮膚と腸は深い関係があり、疥癬など皮膚感染のある犬は腸内環境が悪化している傾向にあります。腸の健康のカギとなる栄養素。
- 食物繊維:犬の腸に優しい穀物・イモ類の食物繊維をメインとする
- プロバイオティクス:善玉菌優位の腸環境構築
オメガ3脂肪酸の適切な摂取
オメガ3脂肪酸は高温や酸素が苦手で非常に酸化しやすいため、以下の点に注意が必要です。
- できるだけ新鮮なオメガ3素材を使用
- 加熱は最小限に抑制
- 酸素に極力触れない工夫を実施
発症リスク要因への対策
疥癬発症には以下の内的要因も関与するため、総合的なアプローチが重要です。
- 免疫力低下の予防
- 栄養バランス不良の改善
- 老化に伴う免疫機能低下への対応
- ストレス管理
犬の疥癬は適切な治療により比較的短期間で改善が見られることが多いですが、栄養療法を併用することで治療効果の向上と再発防止が期待できます。特に保護犬や引き取ったばかりの子犬は疥癬の発症リスクが高いため、予防的な栄養管理も重要な考慮事項となります。