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甲状腺機能低下症(犬)の症状と治療方法の完全ガイド

甲状腺機能低下症(犬)の症状と治療方法

犬の甲状腺機能低下症の基本
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発症リスク

中高齢犬(7歳以上)や特定犬種(ゴールデンレトリバー、ビーグルなど)に多く見られる代謝性疾患

🩺

主な症状

活動性低下、被毛変化、体重増加、皮膚問題が代表的で、「老化」と誤解されやすい

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治療法

生涯にわたる合成甲状腺ホルモン補充療法が基本、定期的な血液検査でモニタリングが必要

甲状腺機能低下症とは?犬の代謝に与える影響

甲状腺機能低下症は、犬の内分泌疾患の中でも比較的よく見られる病気で、甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンが不足することによって引き起こされます。猫ではめったに見られませんが、犬では頻繁に診断される疾患です。

甲状腺は犬の体内で重要な役割を担っています。頸部に位置するこの小さな器官は、T4(サイロキシン)とT3(トリヨードサイロニン)という甲状腺ホルモンを生成し、体の新陳代謝を調節しています。これらのホルモンは体温調節、心拍数、神経系の機能など、体全体の代謝活動に不可欠です。

犬の甲状腺機能低下症の大半は「一次性(原発性)」と呼ばれるタイプで、甲状腺自体に問題があります。主な原因としては以下の2つが挙げられます。

  1. リンパ球性甲状腺炎:自己免疫反応により甲状腺組織が破壊される
  2. 特発性甲状腺萎縮:原因不明の甲状腺組織の萎縮

稀に「二次性」と呼ばれるタイプもあり、これは下垂体や視床下部の問題から発生します。甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌が適切に行われず、結果として甲状腺ホルモンの生成が減少します。

甲状腺ホルモンの不足は、体のエネルギー代謝を低下させ、細胞レベルでの活動を鈍らせます。これにより、全身の機能が徐々に低下し、さまざまな症状として現れるのです。

甲状腺機能低下症の主な症状と見逃されやすいサイン

甲状腺機能低下症の症状は多岐にわたり、また徐々に進行するため「単なる老化」と間違われやすい点が特徴です。主要な症状には以下のものがあります。

活動性の低下と精神症状

  • 散歩に行きたがらない、動きたがらない
  • 元気がなくなる、無気力になる
  • 睡眠時間の増加
  • 寒さに弱くなる(暖かい場所を好むようになる)

皮膚と被毛の変化

  • 左右対称性の脱毛
  • 尻尾の先の毛が薄くなる(ラットテイル
  • 皮膚の乾燥感・フケ(角化異常
  • 皮膚の色素沈着(皮膚が黒ずむ)
  • 毛がバサバサと粗くなる、艶がなくなる
  • 再発性の膿皮症外耳炎

代謝関連の症状

  • 体重増加(食欲が減っているのに太る)
  • 高コレステロール血症
  • 便秘

その他の症状

  • 顔のむくみによる「悲劇的顔貌」
  • 徐脈(心拍数の低下)
  • 神経症状(顔面神経麻痺など)
  • 目の炎症
  • 頻尿

特に見逃されやすい初期症状としては、犬が「なんとなく元気がない」「散歩に行きたがらない」「少し太った」といった変化が挙げられます。これらの症状は飼い主に「年をとったから」と解釈されがちですが、実際は甲状腺機能低下症のサインかもしれません。

また、「悲観的顔貌」と呼ばれる特徴的な表情の変化も見られることがあります。これは顔の皮膚のむくみによって生じ、犬が悲しそうな表情に見える状態です。中高齢の犬で、このような表情の変化と活動性の低下が見られる場合は、甲状腺機能低下症を疑う必要があります。

犬の甲状腺機能低下症の診断方法と検査

甲状腺機能低下症の診断は、症状の観察と複数の検査を組み合わせて総合的に行われます。一般的な診断プロセスは以下の通りです。

1. 臨床症状の確認

まず、活動性の低下や皮膚症状など、甲状腺機能低下症に特徴的な症状があるかどうかを評価します。

2. 血液検査

甲状腺機能を評価するための主要な検査方法です。

  • 甲状腺ホルモン検査
    • 総T4(サイロキシン):減少している場合が多い
    • 遊離T4(FT4):より正確な指標とされる
    • TSH(甲状腺刺激ホルモン):通常は増加している
  • 一般的な血液検査
    • 高コレステロール血症の有無
    • 貧血の有無(軽度の貧血が見られることがある)
    • 肝酵素値の確認

    3. 甲状腺抗体検査

    自己免疫性の甲状腺炎が疑われる場合に行われます。

    • 抗サイログロブリン抗体(TgAA)の測定

    4. 画像診断

    甲状腺の状態を視覚的に確認するための検査です。

    • 超音波検査:甲状腺のサイズや形状の異常を評価
    • CT検査:より詳細な甲状腺の評価が必要な場合

    診断時の重要な注意点として、「ユウサイロイドシック症候群」があります。これは甲状腺以外の疾患や薬剤、麻酔、手術などの影響で一時的に甲状腺ホルモン値が低下する状態で、誤診の原因となり得ます。そのため、甲状腺機能低下症の診断は慎重に行われる必要があります。

    診断確定のためには、典型的な臨床症状の存在と、T4値とFT4値の低下、TSH値の上昇が重要な指標となります。これらの検査結果を総合的に判断し、獣医師が最終的な診断を行います。

    甲状腺機能低下症のホルモン補充療法と治療期間

    甲状腺機能低下症の治療は、不足している甲状腺ホルモンを補充する「ホルモン補充療法」が基本となります。一度破壊された甲状腺組織は回復が見込めないため、基本的に治療は生涯続けることになります。

    ホルモン補充療法の詳細

    • 使用薬剤レボチロキシン(レボサイロキシンナトリウム)という合成甲状腺ホルモン製剤が一般的に使用されます。
    • 投与方法:経口薬(錠剤)として、通常は食事と一緒に与えます。
    • 投与間隔:毎日決まった時間に投与することが重要です。
    • 用量調整:治療開始時は低用量から始め、徐々に調整していくことが多いです。

    治療効果のモニタリング

    治療開始後、定期的に血液検査を行い、甲状腺ホルモンの値をチェックします。初回の検査は通常、投与開始から2〜4週間後に実施され、その後の状態に応じて検査間隔が調整されます。

    適切な投与量を維持することが重要で、過剰な投与は「甲状腺機能亢進症」を引き起こす可能性があり、逆に投与量が不足すると症状の改善が見られません。そのため、定期的なホルモン濃度測定と調整が必要です。

    症状改善の目安となる期間

    甲状腺機能低下症の治療を開始してから症状が改善するまでの期間は、症状によって大きく異なります。

    • 活動性の低下:1週間以内〜2〜7日
    • 高脂血症・貧血:2〜4週間
    • 神経症状:1〜3ヶ月
    • 皮膚症状:2〜4ヶ月(最も時間がかかる)

    特に皮膚症状の改善には比較的長い時間を要するため、治療効果が現れるまで辛抱強く継続することが重要です。治療開始時の状態と比較できるよう、症状(特に皮膚や被毛の状態)を写真に残しておくと効果の確認がしやすくなります。

    治療による変化

    適切な治療により、多くの犬は若返ったような印象を与えるほど状態が改善します。活動性が戻り、毛艶が良くなり、表情も明るくなることが多いです。また、甲状腺機能低下症に関連して発症していた他の疾患(例:糖尿病)のコントロールも改善することがあります。

    犬種別の甲状腺機能低下症リスクと予防管理

    甲状腺機能低下症は特定の犬種や年齢で発症リスクが高まることが知られています。犬種によるリスク差を理解し、適切な予防管理を行うことが重要です。

    甲状腺機能低下症のリスクが高い犬種

    研究によると、以下の犬種は甲状腺機能低下症を発症するリスクが比較的高いことが報告されています。

    • 大型犬。
      • ゴールデン・レトリーバー
      • ドーベルマン・ピンシャー
      • シベリアン・ハスキー
    • 中型犬。
    • 日本で特に注意すべき犬種。
      • 秋田犬

      これらの犬種を飼育している場合、特に7歳以上になったら甲状腺機能低下症の症状に注意を払う必要があります。

      リスク要因

      犬種以外にも、甲状腺機能低下症の発症リスクを高める要因があります。

      • 年齢:中高齢犬(特に7歳以上)でリスクが上昇
      • 去勢・避妊:去勢・避妊済みの犬はリスクが高まる傾向がある
      • 遺伝的要因:家系による影響も示唆されている

      予防管理のポイント

      甲状腺機能低下症自体を予防する確立された方法はありませんが、早期発見と適切な管理によって犬のQOL(生活の質)を維持することが可能です。

      • 定期健診の実施:特にリスクの高い犬種や中高齢犬では、年1回以上の健康診断を推奨
      • 早期症状の観察:活動性の低下や被毛の変化など、初期症状に注意を払う
      • 体重管理:適正体重の維持が全身の健康に寄与する
      • 栄養バランスの良い食事:適切な栄養摂取で代謝の健全性を支援

      獣医学的観点から注目すべき点として、甲状腺機能低下症は他の疾患のコントロールにも影響を与えることがあります。例えば、糖尿病を併発している場合、甲状腺機能低下症の治療により糖尿病のコントロールが改善することが報告されています。また、関節疾患や皮膚疾患など複数の健康問題を抱える高齢犬の場合、甲状腺機能低下症の検査を行うことで、総合的な健康管理に役立つケースがあります。

      リスクの高い犬種を診察する際は、定期的な甲状腺ホルモン値のチェックを視野に入れ、微妙な行動変化や外見の変化を見逃さないことが獣医師としての重要な役割といえるでしょう。

      甲状腺機能低下症と見間違えやすい他の疾患

      甲状腺機能低下症の症状は、他のいくつかの疾患と類似しているため、正確な診断が必要です。特に獣医師が鑑別診断を行う上で注意すべき疾患について解説します。

      ユウサイロイドシック症候群(Euthyroid Sick Syndrome)

      これは甲状腺機能低下症と最も混同されやすい状態です。甲状腺以外の疾患、ストレス、薬剤、麻酔、手術などによって、一時的に甲状腺ホルモン値が低下する現象です。重要な違いは。

      • 一過性の変化である(基礎疾患が改善すれば正常化する)
      • 臨床症状が甲状腺機能低下症特有のものと異なる

      このため、甲状腺ホルモン値の評価だけでなく、臨床症状や他の検査結果と総合的に判断する必要があります。

      加齢性変化

      中高齢犬では、加齢による自然な変化と甲状腺機能低下症の症状が類似することがあります。特に。

      • 活動性の低下
      • 被毛の質の変化
      • 体重増加傾向

      これらは正常な老化による変化として見過ごされやすいですが、甲状腺機能低下症の場合は治療により大幅な改善が見込めます。

      クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症

      クッシング症候群も中高齢犬によく見られる内分泌疾患で、以下の症状が甲状腺機能低下症と重複します。

      • 多飲多尿
      • 皮膚の変化
      • 体型の変化(腹部膨満など)
      • 活動性の低下

      鑑別のためには、特異的な内分泌検査と両疾患の特徴的な症状の違いに注目する必要があります。

      脱毛性疾患

      甲状腺機能低下症における脱毛は、以下のような他の皮膚疾患と混同されることがあります。

      甲状腺機能低下症の脱毛は通常左右対称で、尻尾や体幹部から始まる特徴があります。

      診断のための複合的アプローチ

      誤診を避けるために、獣医師は以下のような複合的なアプローチを取ることが重要です。

      1. 詳細な病歴聴取と身体検査
      2. 一般的な血液検査と特異的なホルモン検査の組み合わせ
      3. 必要に応じた画像診断
      4. 治療反応性の評価(試験的治療を行う場合)

      特に、複数の疾患が同時に存在するケースも少なくありません。例えば、甲状腺機能低下症と糖尿病の併発や、甲状腺機能低下症と皮膚感染症の合併など、複雑なケースでは包括的な診断アプローチが必要です。

      獣医師は「年のせい」として見過ごされがちな症状に注意を払い、潜在的な甲状腺機能低下症を見逃さないようにすることが、患者の生活の質を大きく向上させる鍵となります。