PR

犬ひっかき病と猫ひっかき病の症状と予防対策

犬ひっかき病と猫ひっかき病の違いと共通点

犬ひっかき病と猫ひっかき病の基本情報
🦠

原因菌

主にバルトネラ・ヘンセレ菌が原因となる人獣共通感染症

🩺

主な症状

リンパ節腫大、発熱、傷口の炎症が特徴的

💉

診断と治療

血清学的検査で診断、抗菌薬による治療が基本

犬ひっかき病の原因菌と感染経路

犬ひっかき病は、主にバルトネラ・ヘンセレ(Bartonella henselae)という細菌によって引き起こされる人獣共通感染症です。一般的には猫からの感染が多いことから「猫ひっかき病」として知られていますが、近年の研究では犬からの感染例も報告されています。

犬からの感染経路としては、主に以下のパターンが考えられます:

  • 犬に咬まれる、または引っかかれることによる直接感染
  • 犬の口腔内や爪に付着した菌が傷口から侵入
  • ノミを介した間接的な感染(犬に寄生したノミが媒介)

研究によると、猫ひっかき病の約4%は犬が感染源であるという報告もあります[4]。犬は猫と比較すると保菌率は低いものの、無症状のキャリアとなることがあり、飼い主や獣医療従事者に感染させる可能性があります。

猫ひっかき病との症状の違いと診断ポイント

犬ひっかき病と猫ひっかき病は同じバルトネラ・ヘンセレ菌による感染症ですが、いくつかの臨床的特徴に違いがみられることがあります。

【症状の比較】

  • 共通する症状:
    • 咬傷・引っかき傷部位の発赤・腫脹
    • 近接リンパ節の腫大(ピンポン玉大にまで腫れることも)
    • 発熱(38〜39℃)
    • 倦怠感
  • 犬ひっかき病に特徴的な所見:
    • 猫ひっかき病と比較して症状が軽度であることが多い
    • リンパ節腫大が両側性に現れることがある
    • 発症までの潜伏期間がやや長い傾向

    診断のポイントとしては、まず犬との接触歴を確認することが重要です。特に子犬との接触歴がある場合は注意が必要です。確定診断には血清学的検査や分子生物学的診断法(PCR法など)が用いられます。

    犬ひっかき病は、リンパ節腫大の所見から悪性腫瘍と誤診されることがあるため、鑑別診断が重要です[2]。

    犬ひっかき病の治療法と抗生物質の選択

    犬ひっかき病の治療は、基本的に猫ひっかき病と同様のアプローチが取られます。治療の中心は適切な抗菌薬の投与です。

    【推奨される抗菌薬治療】

    1. 第一選択薬:
      • アジスロマイシン:500mg初日、その後250mg/日を4日間
      • ドキシサイクリン:100mg 1日2回、2〜4週間
    2. 代替薬:
      • クラリスロマイシン:500mg 1日2回、2週間
      • リファンピシン:300mg 1日2回、2週間
      • シプロフロキサシン:500mg 1日2回、2週間

    重症例や免疫不全患者では、複数の抗菌薬の併用療法が考慮されることもあります。

    治療の経過観察では、リンパ節腫大の改善を指標とします。多くの場合、適切な治療により2〜4週間で症状は改善しますが、リンパ節腫大が完全に消失するまでには数ヶ月かかることもあります。

    なお、軽症例では自然治癒することもありますが、合併症のリスクを考慮して抗菌薬治療が推奨されています。

    犬ひっかき病と鑑別すべき他の動物由来感染症

    犬ひっかき病の症状は、他の動物由来感染症と類似していることがあるため、適切な鑑別診断が重要です。特に犬や猫の咬傷・引っかき傷から感染する可能性のある疾患との鑑別が必要です。

    【鑑別すべき主な感染症】

    1. パスツレラ症
      • 原因菌:パスツレラ・ムルトシダ
      • 特徴:咬傷後数時間で局所の発赤・腫脹・疼痛が出現
      • 合併症:敗血症、骨髄炎など重篤化することもある[3]
    2. 破傷風
      • 原因菌:クロストリジウム・テタニ
      • 特徴:筋肉の痙攣や硬直、顔面やのどの痙攣
      • 注意点:法定届出疾患(第5類感染症全数把握疾患)[3]
    3. コリネバクテリウム・ウルセランス感染症
      • 特徴:ジフテリア様症状(咽頭痛、咳、偽膜形成)
      • 重症度:重篤化すると呼吸困難を起こし、死亡例も報告[5]
    4. サルモネラ症
      • 感染経路:感染動物の糞に汚染された手指や食品を介して感染
      • 症状:発熱、急性胃腸炎[5]

    これらの疾患は臨床症状や経過が異なるため、詳細な問診(動物との接触歴、発症までの期間など)と適切な検査(血液培養、血清学的検査など)により鑑別することが重要です。

    犬ひっかき病の予防対策と獣医師の役割

    獣医療従事者として、犬ひっかき病を含む人獣共通感染症の予防と啓発は重要な役割です。以下に具体的な予防対策と獣医師としての取り組みを紹介します。

    【飼い主への指導ポイント】

    1. 適切な衛生管理
      • 動物との接触後の手洗いの徹底
      • 犬の口や爪の清潔維持
      • 寝具の共有を避ける(特に布団に入れて寝ることは避ける)[5]
    2. 外部寄生虫対策
      • 定期的なノミ・ダニ駆除の実施
      • 予防薬の適切な使用方法の指導
      • 環境中のノミ対策の重要性説明
    3. 咬傷・引っかき傷への対応
      • 傷を受けた場合の適切な応急処置法(流水での洗浄など)
      • 医療機関受診の目安(発赤、腫脹、発熱など)[3]

    【獣医師としての取り組み】

    • 定期健診時の外部寄生虫チェックと駆除
    • 飼い主への人獣共通感染症に関する教育と啓発
    • 咬癖のある犬に対する行動療法の提案
    • 地域の医療機関との連携(ワンヘルスの観点から)

    特に子犬を飼い始めた家庭では、犬ひっかき病のリスクが高まる可能性があるため[4]、予防対策の指導を徹底することが重要です。また、免疫不全患者がいる家庭では、より慎重な管理が必要であることを伝えましょう。

    犬ひっかき病は比較的稀な疾患ですが、適切な予防と早期対応により、重篤な合併症を防ぐことができます。獣医師は動物の健康管理だけでなく、公衆衛生の観点からも重要な役割を担っています。

    バルトネラ属菌の遺伝子検出法に関する最新の研究情報はこちらで確認できます:

    日本獣医学会誌に掲載されたバルトネラ属菌の検出に関する論文

    犬ひっかき病は猫ひっかき病と比較して認知度が低いものの、獣医療従事者として知っておくべき重要な人獣共通感染症です。特に犬との密接な接触がある飼い主や、免疫不全状態にある方への注意喚起が重要です。

    また、犬ひっかき病の診断には、従来の猫ひっかき病の診断基準を応用することができますが、犬特有の臨床像や疫学的特徴を理解しておくことが、適切な診断と治療につながります。

    獣医療従事者は、動物の健康管理だけでなく、飼い主の健康も視野に入れた「ワンヘルス」の考え方に基づいたアプローチが求められています。犬ひっかき病に関する知識を深め、適切な予防策と早期発見・早期治療の重要性を飼い主に伝えることで、人と動物の健康を守る役割を果たしていきましょう。

    最後に、犬ひっかき病に関する研究はまだ発展途上の分野であり、今後さらなる症例報告や研究が進むことで、より効果的な予防法や治療法が確立されることが期待されます。獣医療従事者は最新の知見を常にアップデートし、臨床現場に活かしていくことが重要です。