失神(犬)症状と治療方法
失神症状の見分け方と緊急時の対応
犬の失神は、脳に十分な酸素が供給されなくなった時に起こる一時的な意識消失です。失神の特徴は、突然の意識喪失から短時間(多くは1分以内)で自然に意識が回復することです。
失神とてんかん発作の違いを理解することが重要です。失神の場合、意識を失う前に特別な前兆はなく、倒れた後も筋肉の硬直や痙攣は通常見られません。一方、てんかん発作では意識消失が長時間続き、四肢の痙攣や失禁を伴うことが多いです。
失神が起こった時の応急処置
- まず犬を安静にし、動かさないようにします
- 脈拍と呼吸の有無を確認します(鏡を鼻に近づけると呼吸があれば曇ります)
- 嘔吐がある場合は、吐いたものが気道に詰まらないよう注意します
- 脈がない場合は、前肢の付け根に圧をかけ、1秒間に2回の割合で心臓マッサージを行います
失神の瞬間を動画撮影できれば、獣医師の診断に大きく役立ちます。倒れる前の状況、倒れている時間、回復までの様子を記録しておくことが重要です。
失神の原因となる心疾患と不整脈
犬の失神の原因で最も多いのは心疾患による不整脈です。不整脈による失神は、約5秒以上の心停止で発生し、徐脈性不整脈が原因の大部分を占めています。
徐脈性不整脈による失神
- 洞不全症候群:洞結節の機能異常により、心拍数が極端に遅くなったり不規則になる
- 房室ブロック:心房から心室への電気信号の伝達が阻害される
- コッカースパニエル、ミニチュアシュナウザー、パグ、ダックスフントで発生しやすいとされています
頻脈性不整脈による失神
頻脈による失神は稀で、犬の不整脈による失神の0.9%とされています。ボクサーやジャーマンシェパードで心室性不整脈が起こりやすく、突然死のリスクも高くなります。
心疾患による低心拍出量
肺高血圧症を患う犬では、失神が61.5%の症例で認められ、運動や興奮後に失神することが特徴的です。
失神の診断方法と検査の流れ
失神の診断は、詳細な問診から始まります。倒れた時の時間帯、直前の行動、意識の有無、筋緊張度、失禁や脱糞の有無、呼吸様式、外部刺激への反応などを詳しく聞き取ります。
基本的な検査項目
- 一般身体検査:聴診による心雑音の確認、体温・脈拍・呼吸数の測定
- 血液検査:貧血、低血糖、電解質異常、ホルモン異常の確認
- 胸部X線検査:心陰影の大きさ、肺の状態の評価
- 心電図検査:不整脈の有無と種類の確認
特殊検査
ホルター心電図検査は、24時間連続で心電図を記録する検査で、発作時にしか出現しない不整脈の診断に必要です。日常生活での不整脈の出現パターンや頻度を把握でき、治療方針の決定に重要な情報を提供します。
心臓超音波検査では、心臓の構造や機能を詳細に評価し、弁膜症、心筋症、先天性心疾患の診断が可能です。肺高血圧症の診断にも有用で、三尖弁逆流の速度から肺動脈圧を推定できます。
犬種特有の疾患も考慮する必要があります。例えば、チワワでは僧帽弁閉鎖不全症による失神が多く見られ、ボクサーでは心室性不整脈による突然死のリスクが高いことが知られています。
失神治療の選択肢とペースメーカー療法
失神の治療は原因疾患によって大きく異なります。可能であれば基礎疾患の治療を優先し、症状の改善を図ります。
薬物療法による治療
徐脈性不整脈に対する内科治療では、以下の薬剤が使用されます。
- アトロピン:アセチルコリン受容体を阻害し心拍数を上昇
- イソプロテレノール:β作動薬刺激により心拍数を上昇
- ジフェンヒドラミン:抗コリン作用により心拍数を上昇
- シロスタゾール:PDE3阻害作用により心拍数を上昇
心不全を伴う場合は、強心薬(ピモベンダン)、利尿薬、血管拡張薬を組み合わせた治療を行います。これらの薬剤により心臓の負担を軽減し、症状の改善を図ります。
ペースメーカー治療
内科治療で効果が得られない徐脈性不整脈の場合、心臓ペースメーカー治療が推奨されます。ペースメーカーは人工的に心臓に電気刺激を与え、適切な心拍数を維持する装置です。
ペースメーカー治療を受けた犬の3年生存率は約50%と報告されており、適切な症例選択により良好な予後が期待できます。手術は全身麻酔下で行われ、リードと呼ばれる細い電極を心臓に挿入し、ペースメーカー本体を皮下に埋め込みます。
心タンポナーデの治療
心タンポナーデが原因の場合、心膜穿刺が第一選択治療となります。心臓を包む心膜腔に溜まった液体を除去することで、心臓の圧迫を解除し、循環を改善します。
日常生活での失神予防と飼い主の注意点
失神の予防には、原因となる基礎疾患の早期発見と適切な管理が重要です。定期的な健康診断により、心疾患や不整脈を早期に発見し、失神のリスクを軽減できます。
生活環境の工夫
- 激しい運動や興奮を避ける:運動後に失神することが多いため、適度な運動に留める
- 首輪の使用を見直す:頸動脈洞の圧迫を避けるため、ハーネスの使用を検討
- ストレス管理:情動ストレスが血管迷走神経性失神の誘因となるため、穏やかな環境を心がける
状況失神の対策
咳嗽性失神が認められる場合は、咳の原因となる疾患の治療が重要です。気管虚脱や慢性気管支炎などの呼吸器疾患があれば、気管支拡張剤やステロイド薬による治療を行います。
排尿時失神の場合は、排尿時の腹圧上昇を避けるため、トイレの環境を整え、リラックスできる状況を作ることが大切です。
獣医師との連携
失神の既往がある犬では、定期的な心電図検査やホルター心電図検査により、不整脈の進行を監視する必要があります。薬物治療中の場合は、薬剤の効果や副作用を定期的に評価し、必要に応じて治療の調整を行います。
失神の予後は原因疾患により大きく異なります。原因不明の失神では56%の犬が治療なしで改善しますが、心不全に起因する失神や肺高血圧症を伴う失神は予後不良とされています。早期診断と適切な治療により、愛犬の生活の質を維持し、突然死のリスクを軽減することが可能です。
飼い主として最も重要なことは、失神の症状を正しく理解し、緊急時に適切な対応ができるよう準備しておくことです。かかりつけの獣医師と密に連携し、愛犬の健康状態を継続的に管理することで、失神のリスクを最小限に抑えることができるでしょう。