動脈管開存症犬の症状と治療方法
動脈管開存症犬の基本的な症状
動脈管開存症は、子犬が母犬のお腹の中にいるときにだけ機能している血管「動脈管」が、生後も閉じずに残ってしまう先天性の心疾患です。通常、この血管は生後2~3日でその役目を終えて自然に閉鎖しますが、閉じないまま機能し続けることで、血液が大動脈から肺動脈へと短絡して流れ、心臓に大きな負担をかけます。
症状の現れ方は、動脈管の太さによって大きく異なります。動脈管が細く、短絡する血流量が少ない場合は、ほとんど症状が現れないことが多く、健康診断での聴診や超音波検査で偶然発見されるケースが大半です。
一方、動脈管が太く短絡血流量が多い場合は、以下のような重篤な症状が現れます。
- 呼吸器症状: 咳が頻繁に出る、呼吸が荒い・苦しそうにする
- 全身症状: 食欲低下、元気がない、動きたがらない
- 発育への影響: 成長が遅れる、体重が増えない
- 運動時の異常: 疲れやすい、散歩を嫌がる
- 消化器症状: 嘔吐することがある
特に重度の場合は、幼いうちからこれらの症状が顕著に現れ、場合によっては正常な成長が妨げられることもあります。さらに進行すると、チアノーゼ(舌や歯茎が紫色になる)という酸素不足を示す深刻な症状が現れることもあります。
好発犬種として、マルチーズ、トイプードル、ポメラニアン、チワワなどの小型犬に多く見られることから、遺伝的要因が関係していると考えられています。これらの犬種を飼っている飼い主さんは、特に注意深く観察する必要があります。
動脈管開存症犬の診断方法
動脈管開存症の診断は、複数の検査を組み合わせて総合的に行われます。最初のきっかけとなることが多いのは、動物病院での聴診による心雑音の発見です。動脈管開存症では特徴的な「機械様雑音」と呼ばれる連続性の心雑音が聞こえるため、経験豊富な獣医師であれば聴診だけでもある程度の診断が可能です。
確定診断には以下の検査が実施されます。
心エコー検査(超音波検査)
最も重要な検査で、動脈管の存在や血流の方向、短絡量を詳細に評価できます。カラードプラー機能を使用することで、大動脈から肺動脈への血流(左右短絡)や、進行例では逆向きの血流(右左短絡・アイゼンメンジャー化)も確認できます。
胸部X線検査
心臓の拡大や肺血管の変化、肺うっ血の程度を評価します。重症例では左心房や左心室の著明な拡大が認められます。
心電図検査
不整脈の有無や心臓の電気的活動の異常を調べます。また、心臓への負荷状況も評価できます。
心血管造影検査
より詳細な診断が必要な場合に実施される特殊検査で、造影剤を使用して動脈管の形状や大きさを正確に把握します。
診断において重要なのは、血流の方向の確認です。通常は大動脈から肺動脈への血流(左右短絡)ですが、進行してアイゼンメンジャー化した場合は血流が逆転し、手術の適応外となってしまうため、術前の詳細な評価が不可欠です。
動脈管開存症犬の外科治療
動脈管開存症の根本的な治療は外科手術であり、これが最も確実で効果的な治療法です。手術の目的は、動脈管を完全に閉鎖して異常な血流を遮断し、心臓への負荷を軽減することです。
開胸手術による結紮術
最も一般的に行われる方法で、胸を開いて直接動脈管を確認し、絹糸などで確実に結び閉じる手術です。この方法は確実性が高く、技術的に安定した手術法として多くの動物病院で採用されています。手術時間は通常1~2時間程度で、全身麻酔下で実施されます。
カテーテルによる閉鎖術
近年導入されている低侵襲手術で、カテーテルを用いて動脈管内に閉鎖用のデバイス(コイルやオクルーダー)を挿入する方法です。開胸の必要がないため体への負担が軽く、回復も早いのが特徴ですが、動脈管の形状や大きさによっては適応できない場合もあります。
手術のタイミング
診断が確定すれば、可能な限り早期の手術が推奨されます。ただし、体重が1kg未満の非常に小さな子犬の場合は、体の成長を待ってから手術を実施することもあります。一般的には生後3~6ヶ月、体重1.5kg以上になってから手術を行うケースが多いです。
手術の成功率と予後
動脈管開存症の手術は、先天性心疾患の中でも手術による死亡率や合併症が少なく、治療効果が高い疾患として知られています。手術後6~8週間以上生存できれば、その後は他の健康な犬と同様の生活を送り、正常な寿命を全うできることが期待できます。
動脈管開存症犬の内科治療と予後
外科手術が第一選択となる動脈管開存症ですが、手術ができない状況や手術までの待機期間には内科治療が重要な役割を果たします。内科治療は根本的な治癒をもたらすものではありませんが、症状の軽減や病状の進行抑制に効果があります。
内科治療に使用される薬剤
ACE阻害薬(アラセプリル等)
血管を拡張して心臓の負荷を軽減し、血圧を下げる効果があります。動脈管開存症では左心房・左心室への負荷が大きいため、これらの薬剤で心臓の働きを助けます。
強心薬(ピモベンダン等)
心筋の収縮力を高めて心拍出量を改善し、同時に血管拡張作用も持つため、心不全症状の改善に効果的です。
利尿薬
肺うっ血や全身のむくみがある場合に使用し、体内の余分な水分を排出して呼吸困難の改善を図ります。
内科治療の適応と限界
内科治療は主に以下のような場合に適応されます。
- 手術前の体重増加を待つ間の症状管理
- アイゼンメンジャー化により手術適応外となった症例
- 全身状態が悪く手術リスクが高い場合の対症療法
しかし、内科治療のみでは病気の進行を完全に止めることはできません。動脈管開存症では、治療しない場合1年以内に約50%が死亡するという報告もあり、可能な限り早期の外科治療が重要です。
予後と生活管理
手術が成功した場合の予後は非常に良好で、術後は活動的になり、正常な犬と変わらない生活を送ることができます。定期的な健康診断は必要ですが、特別な制限なく運動や繁殖も可能になります。一方、内科治療のみの場合は病状の進行に注意深く対応し、QOL(生活の質)の維持を目標とした管理が必要になります。
動脈管開存症犬の予防と早期発見のコツ
動脈管開存症は先天性の疾患であるため、完全な予防方法は残念ながら存在しません。しかし、早期発見と適切な治療により完治が期待できるため、飼い主さんができる最も重要なことは「早期発見への取り組み」です。
好発犬種の飼い主が知っておくべきポイント
動脈管開存症は遺伝的要因が関係していると考えられており、特定の犬種で発症リスクが高いことが知られています。マルチーズ、トイプードル、ポメラニアン、チワワ、ヨークシャー・テリア、ミニチュアダックスフンドなどの小型犬種の飼い主さんは、より注意深い観察が必要です。
家庭でできる早期発見のチェックポイント
- 呼吸の観察: 安静時の呼吸数が1分間に30回を超える、浅く速い呼吸をしている
- 運動耐性: 少しの運動ですぐ疲れる、散歩を嫌がるようになった
- 食事と成長: 食欲不振が続く、同腹子と比べて成長が遅い
- 行動変化: 活動性の低下、遊びたがらない
- 可視的な症状: 舌や歯茎の色が青紫色になる(チアノーゼ)
効果的な健康診断スケジュール
子犬を迎えたら、まずは初回のワクチン接種時に必ず聴診を受けることが重要です。その後も以下のスケジュールで定期的な健康診断を受けることをお勧めします。
- 生後2~3ヶ月: 初回健康診断・聴診
- 生後4~6ヶ月: フォローアップ検査
- その後: 年1~2回の定期健康診断
ブリーダーや購入時の注意点
動脈管開存症の遺伝的要因を考慮し、信頼できるブリーダーから子犬を迎えることも重要です。親犬の健康状態や過去の出産歴について確認し、可能であれば獣医師による健康診断を受けてから迎えることをお勧めします。
また、近年では動脈管開存症の発症が減少傾向にあるものの、これは適切な繁殖管理と早期発見・治療の普及によるものと考えられています。飼い主さん一人ひとりの意識向上が、将来的な発症予防にもつながっていくのです。
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